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May 20, 2007

『情と理 後藤田正晴回顧録〈上〉』

Mercy_and_reason

『情と理 後藤田正晴回顧録〈上〉』後藤田正晴、伊藤隆、御厨貴、講談社、1998

 「隆・貴コンビ」の記念すべきオーラルヒストリー第一作が実はこれ。後藤田さんは秋霜烈日の官房長官として有名といいますか、田中内閣に内閣官房副長官として仕え、中曽根内閣では2期にわたって官房長官をつとめて、いまに至る官邸主導体制の基礎をつくった人物ですね。1939年(昭和14年)に内務省に入省し、陸軍主計大尉で終戦を迎え、内務省解体後は警察畑を歩み、1969年(昭和44年)には警察庁長官に上り詰めます。その後、内閣官房副長官(事務)、官房長官として事実上、72年から87年までの15年間近くも官邸を切り盛りしたわけですから、年次からしても各省庁の次官なども途中からはひよっ子扱いされ、属人的な"ひとり官邸主導体制"をつくっていったわけです。

 国民投票法案が可決され、早ければ3年半後にも憲法九条は改正されるかもしれません。ぼく自身は憲法九条の改正には反対で、特にいまみたいな美しい国の首相のような方が最高司令官だと危なっかしいと感じるもんで、解釈憲法で別にいいじゃないかと思っています。でも、同時にこれだけ保守の支配が広がっていることを考えれば(民主党だって元は自民党なわけですから、事実上、自民党的な人が衆参で8割を占めているわけで)、それなりの良さがあったから、大衆的な支持を得られているんだ、ということには想いを致さないわけにはいきません。どの本だか忘れてしまいましたが、吉本隆明さんが「国民投票で国民の半分が憲法を変えようということになったら、その考えの変化は尊重しなければならない」と書いていて、ぼくも吉本さんと同じように、最も賢明なのは民衆だと思っていますしね。ということで、郵政解散後、少なくとも「ぼくたちの失敗」に関して、敵ながらあっぱれということを納得したいということで清和会関係の本を中心に自民党関連の本を読んできましたが、中でも面白かった「隆・貴コンビ」の本は全て読んでしまおう、ということで。

 後藤田さんは後年、海上自衛隊のペルシャ湾派遣や靖国神社参拝に反対したことなどで、意外にもリベラルな面を持っていたのを知り驚くとともに、これは伝聞ですが、ある検事が蓄財をずっと追いかけていたということも聞いていて、人間ひとスジ縄ではいかないな、と個人的に興味を持った方でもあります。ということで、上巻から。

 出身は徳島の山の中。《徳島では海浜に住む人たちを海部族(かいふぞく)と呼んで、山地に住んでいる者を忌部族(いんべぞく)と呼ぶんだが、忌部族は真面目で融通がきかず、世渡りも下手なのに対して、海部の人は融通がきいて世渡りがうまい、海部には嫁を出しても嫁を貰うなと、忌部の人たちは昔は言っていたようです。私は忌部の出ですよ》(p.16)といきなり民俗学的な話から始めるのが素晴らしい。

 東大の学生時代、2.26事件を経験するのですが《「けしからん奴だ。軍という特権を与えられた組織がクーデターをやるとは何事だ」ということで、それが東大全体の空気だったと思うんです》(p.25)というのははじめて聞くような話。東大は狙われていたそうですから。卒業後は満鉄に入りたかったというのですが試験日を間違えて落第、結局《官選知事が四十七府県の行政全般を押さえている》内務省に入省します。他の省でもそうでしょうが、内務省は高等文官試験に合格すると二十五歳で課長になれるが、一般採用の人たちは一生涯つとめてやっと課長。《よくぞこんな無茶な制度をつくったなと思います。フランスの制度を真似たんじゃないかな》(p.45)というのは実感がこもっていますね。

 軍隊時代の話も面白い。なにせ見出しから「よくあんな軍隊で戦争できたと思う」ですから。ここらあたりにリベラリストとしての萌芽を感じます。

 後藤田さんは1940年3月に陸軍に徴兵されます。《当時の大学卒は海軍に志願する人が多かったです。海軍に短期現役の制度ができておったから。志願ですがね。初めから海軍中尉になる》《陸軍の方はいちばん下の二等兵から行くわけです》(p.47)というあたりはフーンと。従七位高等官の二等兵というのは後藤田さんが入った連隊では初めてだったとか。台湾歩兵第一連隊に配属されて敗戦まで台湾で過ごします。

 《国運のかかる戦争に必勝の公算もないまま突入するのはどういうことかとの疑念も頭をかすめた》(p.53)、《こちらは敗戦でうちひしがれている。昨日までいっしょに仲良くやっていた台湾の人が、爆竹をあげて解放感を味わっているわけですから。だから、所詮は植民地統治なんてできるもんじゃないです。その時は本当に身にしみてかんじました》(p.57)とも。

 後、意外だな、と思った感想が、《海軍くらい宣伝のうまい軍隊は少ない》(p.58)ということと、戦後《いちばんずるく立ち回っているのはドイツなんですよ》(p.174)。というあたり。

 欧米流の合理主義もあってスマートだったと喧伝されている旧海軍ですが、そんなのも含めて実は宣伝なのかもしれませんな。そして、ナチスが政権を握っていた時のドイツはドイツではないとして、そのかわり外国人特有のしつこさで戦犯を捕まえてているドイツも、考えてみれば「いかがなものか」なのかもしれません。

[上巻の目次]
第1章 負けず嫌いのがんばり屋か頑固者か
第2章 人間の運勢を実感させられた軍隊時代
第3章 人心の荒廃に日本の将来を悲観
第4章 警察の組織・人事の刷新に全力を注ぐ
第5章 いつ革命が起きても不思議ではなかった
第6章 政治家の力と官僚の力
第7章 警察人事はいかにして機能してきたか
第8章 事件多発に最高責任者の孤独を
第9章 田中内閣の政治指導の様式に明と暗
第10章 人間がまるで変わった二回の選挙
第11章 最大派閥・田中派内での仕事

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