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April 26, 2007

『ヴォネガット、大いに語る』

Vonnegut

『ヴォネガット、大いに語る』カート・ヴォネガット、飛田茂雄、サンリオ文庫

《アメリカが拷問を実験したことは残念だ。アメリカのどんな実験も無念だ。わたしはアメリカがもう二度と拷問を試みないよう希望する。そんなものは役に立たないのだから。人間は、どこに住んでいようと、頑強で勇敢な動物である。必要とあらば、実に驚くべき苦痛にも耐えることができる。北ベトナム人とベトコンはその必要を感じてきた》(p.223)

 やっと見つけて、懐かしく全部読んでしまいました。今のアメリカには、こういうポジションからの発言が聞こえてこないよな…と思いながら。個人的には最高傑作のひとつだと思っている「ビアフラ ー 裏切られた民衆」も良かったけど、マクガバンがニクソンに破れた大統領選挙のキャンペーンをレポートした「神ご自身も恥いらせるような有様で」も良かったし、自作と自分自身のことをとことん語った「自己変革は可能かープレイボーイ・インタビュー」は、これを読まないとヴォネガットのことは語れないよな、と思いました。

 ヴォネガットは無神論者を自称していますが(アメリカでそれを公言することはけっこう勇気のいることだと思います)、前の奥さんがビートルズたちも参ったマハリシにイカレテしまって瞑想に凝った時のことを書いた「然り、われわれに解脱はない」で《「とりわけビートルズのような」「影響力のある人たちがイエスのところよりマハリシにところに行きたがる理由がわかった。ねえ、もしビートルズやミア・ファローがイエスのところへ行ったら、まず有り金すべてを貧しい者に施せ、と命ぜられたろう」》(p.73)というのは切れ味あるなぁ。この奥さんとは別れて、新しく結婚したのが、写真家のジルで、この本は彼女に献呈されています。

 ヒッピーたちがヘッセ好きなのをからかった「若者はなぜヘッセを読むのか」も強烈。《「荒野のおおかみ」(Steppenwolf)というタイトルそのものが魔術的である。わたしは、ガソリンスタンドの悪童連に別れを告げて名のある大学に入った孤独な新入学生が、はじめて大きな本屋を訪れたさまを思い浮かべることができる。彼は生まれてはじめて自分で買った本格的な文学書の入った小さな紙袋を持って出てくる。よし、見つけたぞ!『荒野のおおかみ(Steppenwolf)』!》(p.156)。ヴォネガットにいわせるとヘッセはカイザーの軍国主義から脱出し、ヒトラーを回避し、同胞が殺し殺されまくっている間にスイスでユングの治療を受けて、そのあい間にロマンチックな小説を書いた間抜けな気取りやということになります。ここれらあたりは同じドイツ系ということで近親憎悪も感じられるところですね。

 ヴォネガットは第二次世界大戦に歩兵として従軍し、捕虜となってドレスデン大空襲を経験するのですが、そうした経験を元に《ナチスはいかなる点においても悪だと言えたのです。とにかくごく最近までは、それがいつもの戦争のスタイルでしたー兵士が戦場で熱狂的に戦えるよう、敵は悪だと宣告することが。われらが敵ドイツ人が第二次世界大戦中にほんとに悪魔的であることを知ったときの、わたしたちの驚きを想像してみてください》(pp.267-8)と語った後、しかし、それがアメリカ人は並はずれて純粋であるに違いないという幻想を生んでしまった、と述べているんです。《善と悪との戦争において、われわれはいつも、まったく自然に、善の側に立つという幻想》を生み《そう思うからこそ、遠慮会釈なく武器を使用できる》のだ、と。これは「ホイートン大学図書館再建の記念講演」で語られたのですが、ボォネガットはこう続けます。《図書館はわたしたに、あらゆる人間がある程度までは不純であることを想起させてくれます》。だから人類の記憶の場である図書館は重要なのだ、と。

 しかし、読みながら思ったのは結局、ブッシュはニクソンの時代に戻してしまった、ということですねぇ。歴史は二度繰り返すといいますか。

 ヴォネガットは『スラップスティック』あたりから拡大家族という概念に取り憑かれるようになりますが、その発端は大家族が助け合って饑餓をしのいでいたビアフラで見聞きした経験だと云われています。そして、その経験からこんなことを語ったんでしょう。《ご承知のとおり、つい先ごろまで人々はたいてい家庭と親戚による恒常的な共同社会を持っていたものです。訪ねていける家が何十とありました。だから夫婦喧嘩をすると、夫なり妻なりが三軒先の身内の家に行って、気分がやわらぐまでそのまま泊まっていられたものです。子供だって両親にガミガミ言われてもう我慢できないとなれば、叔父さんの家まで歩いていって、そこで当分厄介になることができた。ところが、こういうことはもう不可能になってしまった》(「自己変革は可能かープレイボーイ・インタビュー」p.298)。アメリカ人の『三丁目の夕陽』というのは、こうした風景だったのかもしれませんね。

 《涙がなにも解決しないのと同様、笑いもなにひとつ解決してくれません。笑うのも泣くのも、ほかにどうしようもないとき人間がやることです》(p.315)なんて云い方も好きだなぁ…。《ハノイの絨毯爆撃でみんなを唖然とさせたのは、爆撃そのものではない。それがクリスマスの日に行われたという事実です。だれもそのことに憤慨したのです》(p.325)なんていうあたりは、そうだったのか、という印象。

 マクガバンとの副大統領コンビで選挙に臨んだシュライバーにこう演説しろと智恵をさずけたかったと書いているあたりは『スラップスティック』にそのまま生かされている感じ。ヴォネガットはこう語ります《この国では金持ち以外に幸せな人はいないのです。なにかがまちがっています。なにがまちがっているか申しましょう。わたしたちは孤独なのです!》(P.337)。

LONESOME NO MORE.

Requiescat In Pace.

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