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April 12, 2007

ヴォネガットさん、あなたに神のお恵みを

Palm_sundy

 カート・ボネガットさんがニューヨークでお亡くなりになったそうです。84歳。

 ずっと、ネットで本関係のことを書いてきましたが、最初に書いた草の根ネットでもそれまで読んだ本のベストスリーは『トム・ソーヤの冒険』『スローターハウス5』『コン・ティキ号探検記』でした。

 これは今でも変わりようがないな。

 たぶん、これからも。


「もっと腹ぺこだったこともあらあ」

「もっとひでえとこにいたこともある。こんなの大したこたあねえや」

「こんなの大したこたあねえ」
「こんなの屁でもねえや」

「こんなの大したこたあねえ。おれはどこにいたっていい気持ちだあ」
「なんだ、これくらいよう。大したこたあねえ」

『スロターハウス5』カート・ヴォネガット、伊藤典夫訳、pp.85-97

 なんていうあたりは忘れられません。それと、ここらあたり。

 わたしは大急ぎでこの原稿を書き上げた。読み返してみると、ビアフラ国民の哀れさよりも偉大さについて語るという最初の約束を裏切ってしまったようだ。わたしは子供たちの死を心の底から悲しんだ。わたしはガソリンを浴びせられた婦人の話をした。
 国民としての偉大さについて言えば、死滅のときにあらゆる国民が偉大であり、神聖ですらあるという見方は、たぶん真実だろう。
 ビアフラ人は以前には一度も戦ったことがなかった。今回彼らは立派に戦った。もう二度戦うことはあるまい。
 彼らが古代マリンバで「フィンランディア」を演奏することは、もはや永遠にないだろう。
 平和。
 わたしの隣人たちは、もう遅いけれどもビアフラのためにできることはなにかないか、あるいは、もっと前にビアフラのためにすべきであったことはなにか、とたずねる。
 わたしは彼らに答える、「なにもないよ。それはかってもいまもナイジェリアの国内問題だった。きみたちはただそれを嘆くことしかできない」
 ある人々は、せめてもの償いとして、これからナイジェリア人を憎むべきだろうかと問う。
 わたしは答える、「そうは思わない」

 熱帯のビアフラ人は北極圏のフィンランド人を尊敬していた。フィンランド人が圧倒的に不利な状況のもとに独立を獲得し、それを立派に保持していたからである。

 ミリアム(ヴォネガットをビアフラに呼んだ活動家)は一度、私の会話にいらだち、軽蔑を込めて言った、「口を開くたびに、冗談を言わずにいられないんですね」。そのとおりであった。どうにもならない悲惨さに対応するわたしの唯一の手段は、冗談を言うことであった。

 わたしはミリアムを尊敬する。とはいえ、彼女が可能にしてくれた旅をありがたいとは思わない。それは焼却炉がまだごうごうと燃えているアウシュヴィッツへの無料招待旅行のようなものだった。いまでも、思い出すたびにゾッとする。

 わたしはビアフラのことで一度だけ泣いた。帰宅して三日目の午前二時。一分半ばかり、小さく吠えるようにグロテスクな声を発したのが、それだ。

『ヴォネガット、大いに語る』「ビアフラ 裏切られた民衆」サンリオ文庫、飛田茂雄訳

 ヴォネガットさん、素晴らしい本をありがとう。

「最後の審判の日に、神に向かって『わたしは、あなたを信じてはいませんでしたが、とてもいい人間でした』と言えるように生きよ!」
『パームサンデー 自伝的コラージュ』飛田茂雄訳

 ヴォネガットさん、あなたに神のお恵みを(そしてビアフラでなくなった人たちにも)

 ハイホー!

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