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February 02, 2007

『役者は勘九郎』

Kankuro

『役者は勘九郎―中村屋三代』関容子、文藝春秋

 いまは十八代目中村勘三郎となった勘九郎さんの楽屋話を『中村勘三郎楽屋ばなし』で成功を収めた関容子がまとめました、みたいな本ですかね。

 『中村勘三郎楽屋ばなし』ほど稠密ではないけど、愛してやまかったであろう十七代目中村勘三郎の子、勘九郎をとりあげただけはあって、破綻なく仕上げている感じ。

 個人的なことを云わせていただきますと、ぼくが個人的に「にいさん」と自然に口をついて出てしまいそうな役者さんがいるとすれば、それは勘九郎さんです。

 遠くから、いろいろ教わったような感じがしているんですねぇ。これはテレビかどっかで語っていたことに感動したのですが、勘九郎さんは、絶対、マネージャーにギャラの多寡を一切聞かないそうです。「そのギャラで自分の芸が影響されるのはイヤだから」というのがその理由だと語っていましたが、意味はふたつあると感じています。ひとつは、モノをつくったり動かしたりするような仕事とは違った実体のない労働でメシを喰わせてもらっているという健康的な後ろめたさみたいなのと、ギャラで差をつけるような芸の修行はやってませんという自負心じゃないか、と。どっちかが欠けても卑屈か尊大なだけ。勘九郎さんは、ちゃんとバランスをとってます。

 で、勘九郎さんにしても誰にしても、十五世「いい男の羽左衛門」や六代目みたいな伝説にはなれないわけで、でも、歌舞伎の世界を等身大というか、現代を生きる人の目で活き活きと伝えてくれて、しかも、懐古趣味までしっかりと組織しているのは勘九郎さんの素晴らしいところです。だいたい声の高いのを古手から注意されるとこなんかは、大旦那も今は大変だな、と思いますもんね(p.192)。

 でも、芸にはキリがないということを了解した上でも、一番楽しいのは芝居の現場であり板の上だけは誰も寄せ付けない楽園であることは《「お兄さん(玉三郎)の俺を見上げる目が、ひたむきで澄んでて素敵に綺麗でね、お客さんには後ろ向きだから、ああ、この顔は俺しか見ていないんだなあ、もったいないなあ、と思ってね」》(p.212)なんてところでマニフェストしていたりして。

 しかし、なんで文庫本の表紙が女形なんでしょうか。十七代目も八代目も勘三郎は女形をやるけど、ジョークというか、いいのは渋い役柄だけだと思うんすけどねぇ。

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