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February 21, 2007

『カトリシスムとは何か』

Catholicisme

『カトリシスムとは何か キリスト教の歴史をとおして』イヴ・ブリュレ著、加藤隆 (訳) 、白水社

 前著の『『新約聖書』の「たとえ」を解く』でもチラッと書きましたが、加藤先生のキリスト教関連の本というのはどれも抹香臭くなく、知的好奇心も満足させてもらえる良書揃いです。当たりはずれがありません。ということでクセジュ文庫に新しく納められた『カトリシスムとは何か』もさっそく読んでみました。日本のキリスト教、聖書学の先生方は学位が取りやすいためかドイツで学ばれた方が多く(失礼!)、フランスで出版された本はあまり日の目がみませんでしたが、加藤先生によって、そうした本がどんどん紹介されるのは、ありがたいことです。

 さて『カトリシスムとは何か』ですが、ひとことで云えば「キリスト教会の普遍主義(カトリシスム)とは何かという問題に多くの頁を割いたローマ・カトリックの歴史の概観」というあたりでしょうか。この手の本はカトリック教会の手によるものが多く、不必要に大部であったり、細かな教義上の問題にこだわったりしていて、例えば西洋哲学や西洋史を専攻する学生さんなどがさっと理解できるような本はすぐに思いつきません。その点、この『カトリシスムとは何か』は中立的というか学術書のスタンスから要領よくまとめられていて、少なくとも18世紀以降は確実にそうだといえる「人類史における普遍としてのヨーロッパ」を理解する土台を提供してくれます。

 ぼくの勉強不足もありますが最初にキリスト教国となったのはオスロエネ王国だったというのは知りませんでしたね(p.17)。またパックス・ロマーナによって《キリスト教会が増加し、それらの教会が互いに連携することが容易になったという事実を歴史家は認めなければならない。そして教会のこうした増加と連携こそが、この新しい宗教の普遍主義的なあり方の具体的表現なのである》(p.17-18)あたりもなるほどな、と。さらにいえば、アイルランドに関して《アイルランドはローマ世界の圏外であり、社会の全体が田舎的である。都市がないために司教を中心とする制度は修道院におかれて、そのような修道院を基礎として教会が組織された》(p.19)なんてあたりも蒙を啓いてもらいました。

 また、西ローマ帝国崩壊後の世界では、ゲルマン人や他の部族はアリウス派のキリスト教徒が多かったのですが、《これらの王国において、カトリックの仲間に加わることは、「ローマ人」とゲルマン人、旧世界と新来者の統合を容易にした》(p.47)というのも忘れてはならない視点だなと思いました。2世紀初めのローマのクレメンスは《わたしたちの君主たちに、政治を司る者たちに、(……)主を、健康と平和と安定を与えよ。主よ、彼らの顧問たちを、彼らが好意的になるように善に従って導け》(p.26)と手紙に書いているそうですが、そうした国家を意識していというか、国家宗教としての役割を引き受ける用意というのは最初から濃厚にあったんだな、というのも新鮮です(どうしてヨハネみたいな暗い個人主義的な共同体もある中でそうした外に向かっていく傾向がイエスの十字架事件後、100年もたっていないうちに出てくるのかは不思議なのですが…生成文法的にいえば、キリスト教には最初からそうした傾向が組み込まれていた、という感じなのでしょうか)。

 そして、これは歴史を振り返る時によく味わうことなのですが、絶頂期の後にはすぐ凋落が訪れるな、と。なにせ、教皇の神聖政治が絶頂に達し《わたしは最高の聖職者ではないだろうか。わたしは帝国の諸権利を監視する者ではないだろうか。カエサルであるのはわたしである》とまで主張したボニファティウス8世が、フランスと破門したコロンナ家によってアナーニの別荘にいた時に捕らえ、侮辱を加えられたわけですから(p.74)。

 これは、個人的に勝手な読みも入っているかな、とも思うのですが、宗教改革から啓蒙主義時代にかけての世界を、神の国の中での「文学の共和国」と「科学の共和国」の拡大とみる見方も面白かったですね。イエスの語る「神の国」は俗世における、神の動的支配の拡大とも読めると思ったのですが、中世ヨーロッパで教会の支配が拡大されると、その中から異分子としての、文学と科学の支配する領域が拡大していく、みたいな。

 あと、《宗教改革は、国家の世俗性を生み出さなかった。逆に、宗派的国家の原則をおおいに強めた》(p.109)ということを背景に、強大なものになる世俗権力に対抗するために、カトリックでは教皇組織が見直されたという指摘もなるほどな、と。なにせ当時はCuius legio、eius religio(クユス・レギオ、エユス・レリギオ、主権者である君主の土地には主権者の信仰を)が原則になり、その一因は宗教改革の側が世俗権力を利用していたという側面もあったわけですから。

 そして権威主義的な宗教から紆余曲折を経て、いまの《楽観的で親切なキリスト教》(p.120)への変身をローマ・カトリック教会は目指すことになりますが、考えてみれば、これも普遍主義ゆえのことなのかもしれませんね。実際、典礼などを大幅に改革した1960年代の第2バチカン会議がもしなかったとしたら、ローマ・カトリックは保存すべき無形文化財みたいな形でしか残っていなかった可能性もあるんじゃないかな、と思いますから。

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