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February 16, 2007

高千穂の印象

Takachiho

 高千穂は遠いです。

 FC東京が二次キャンプをはっている都城で、鳥栖との練習試合を見終わったのは16:30頃。前日に頼んでおいたタクシーに乗って都城駅へ。そこから延岡に着いたのは19:41ですから、3時間以上かかります。しかも、延岡からバスあるいはタクシーでさらに1時間というんですから、もしかして、国内では東京から時間的には最も遠い場所なのかもしれません。

 真っ暗闇の中、おそらく飲酒運転もまじっている地元の人たちが100kmで飛ばしているクルマをぬうようにして走る約1時間は恐怖体験に近いものでした。

 死ぬ思いでようやくついたバスセンターで待ってくださったGさんはガイドの資格ももっておられる方。宿泊先の「春芽」はもう食事の時間が過ぎているので、「ここへどうぞ」と案内されたのが「居酒屋けんちゃん」(0982-72-5224)。大衆的な名前ですが、店の前には、ご丁寧にしめ縄と紙垂(しで)という清浄を示す飾りなんかもぶら下がっていて、なんかお祭りでもあったんでしょうか。とにかく、高千穂では一夜氏子になって"ネ申遊び"を楽しむのが大切と聞いていましたので、さっそくご相伴にあずかります。

 宿は山の中に入ったところで、周りは真っ暗。星が美しい。けど、寒い。という感じ。

 朝起きて窓をあけると氷点下。つか、霜がすごい。身支度をととのえて朝ご飯をいただき、いざ、高千穂の神社めぐりへ。

 さて、高千穂を彩る神話は主に日本書紀、古事記、日向國風土記の三つのテキストから出ています。だいたいこの順番に脚色度合いが多くなってくるといいますか、例えば、キリスト教の世界でも新約聖書の4つのイエス伝(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)だけではモノ足りなくなった信者たちが創造力を膨らませて様々な福音書をつくってしまった、みたいなものでしょうか。

 天孫降臨伝説は天照大御神(アマテラスオオミカミ)が孫の迩迩芸命(ニニギノミコト)を地上の国へとつわかし、天孫=天皇家による支配を確立する"いわれ"を説明したもので、その場所を日本書紀は「日向の高千穂のニ上の峰」 、古事記は「筑紫(九州)の日向の高千穂のくしふる峰」と書いています。

 文献学的にどうなっているのかというところまでは知りませんが、宮崎の高千穂町というのはこうしたテキストで書かれた地名がワンセットで揃っているというか、揃えたところが強みです。天孫降臨の地はこの高千穂町以外にも、FC東京のキャンプ地からも見えた高千穂岳ではないかという説(宮崎県西諸県郡高原町)もありますが、高千穂町の場合、天岩戸神社や天安原まであったりするわけですから、念が入っています。 しかし、あまり声高に自己主張していないところに好感がもてます。

Amano_manai

 しかし、まあ、固い話はおいといて、夜神楽でも33夜にわたって延々と繰り広げられる天孫降臨の物語をおおらかにめぐってみましょうか、ということで神社巡りの最初は「天真名井(あまのまない)」から。まずは霊験あらたかな泉からわく天湧水でお浄めを、みたいな。

 しめ縄のまわされた大きな欅(ケヤキ)の根元からこんこんとわく湧水。朝早く行ったので、冷たい空気が比較的暖かな水面にふれて水蒸気がたちのぼっていたのには感動でしたね。

 白秋などは「天なるやくしふる峰、高千穂の御田居の郷、真名井湧く老木がもと、照る玉のま澄むは見つつ、しづく石かきろふ見つつ、心處に高くはゐしか、神さぶと清くは座しつれ、今にして、我はや死にせむ、この道半ば」「ひく水に 麻のをひてて 月まつは 清き河原の 天地根元作りの家」とうたっていますが、素晴らしい清浄感です。

Kushifuru_jinja

 ここの水をつかい、次に向かった先が櫛触(くしふる)神社。

 古事記には「筑紫の日向の高千穂の久志布流多気(くしふるたけ)に天降り」とありますが、このくしふるたけはここだという言い伝えによって小さな山全体が御神体となっていたらしいのです。中腹には元禄7年(1694年)に当時の延岡藩主や村人たちが建てた社殿があり、それが櫛触神社。 標高は約500メートルぐらいでしょうか。さすがに寒いです。

 まだ朝は早く、誰も参道を登ってきません。

 静か。

 ここをひとりで登っていった時の静謐に満たされていくという感じは、ちょっとは味わえないものでした。

 神社の建物自体は屋根も銅拭きで新しいものですが、もう一度、ここに帰ってきたい。強く、そう思いました。

 櫛触神社から連なる丘の上にあるのが天原遥拝所(たかまがはらようはいしょ)。

Takachiho_kyo

 ここら辺から、ちょっといろいろあるのですが、高千穂町はあくまでケチャみたいに3ヵ月もお神楽を村人総出で舞ってるようなところで、しかも、あまり観光化されていない、というあたりが貴重ということで。レヴィ・ストロースもごく普通に感激していたらしいですが、おそらく、史跡というより、人々の間に残されているかもしれない"なにものか"に感動したのかもしれません。

 天原遥拝所(たかまがはらようはいしょ)は天孫が降臨した後、ここに立って、高天原を遙拝した場所とのことですが、いまは木々がおおって空をみあげられません。石に十字が彫られているのが、なんか不思議。

 さ、ここまではいいんですが…。

 なにせ天岩戸(あまのいわと)神社と天安河原(あめのやすかわ)まであるんすからねぇ。高天原(たかまがはら)は天上じゃないんかい、みたいな。さっき天原遥拝所で見あげたところとの空間関係はどうなっているのか…ということろまでは云わないのが大人の対応ということで。とにかく奈良の大神神社が三輪山をご神体としているように、天岩戸神社は川の対岸にある岩場を天岩戸としています。

 さらにすごいところがあるんです。

 イザナキとイザナミが高天原(古事記)で天沼矛を下界に突き刺し、かき混ぜて引き上げると、矛の先から滴り落ちた塩が積もり重なって島になったのが石殷馭慮島(オノゴロ島)。イザナキとイザナミはオノゴロ島に降り立ちそこに天御柱(あめのみはしら)を建てたというのですが、なんと、高千穂にもオノゴロ島が用意されているんです。さすがに、ガイドさんに「ここは辛いですねぇ」と漏らしてしまったのですが…滝が美しい高千穂峡の隣にあるので、まあ、ついでに立ち寄らざるを得ないわけです。

 高千穂峡はなかなか見事です。

Kuninigaoaka

 雲海があったら見事だな、と思うのが国見ケ丘からの眺めです。ここからは反対側に阿蘇山も見えたりします(写真は阿蘇山が見える方で、ちゃんと阿蘇山が見えています)。

 後は高千穂神社をめぐって、終了でした。ここは那須与一の扇落しの件で有名な畠山重忠が頼朝の代参で訪れたといわれています。

 とにかく、次は夜神楽を一夜氏子になって見てみたい、と思いました。

 なかなか素晴らしいですよ、高千穂。

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Comments

高千穂、すばらしいです…。

Posted by: PINAう | February 17, 2007 at 05:12 AM

あ、どーも。今年なんか、ラストの夜神楽は2/10だったんですよ。つまり、FC東京のキャンプ2日目。
来年も似たような時期に開かれると思いますので、その時には「平成19年度高千穂夜神楽日程表」wをとりよせて、スケジュールを整えて、参加したいと思います。

Posted by: pata | February 17, 2007 at 08:08 AM

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