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January 31, 2007

『日本近代技術の形成』

Nihonkindai_gijutsu

『日本近代技術の形成 “伝統”と“近代”のダイナミクス 』中岡哲郎、朝日新聞社

 小田中先生のネタ張で紹介されていて「これは面白そうだ」と思って読んだのですが、想像以上に引き込まれた本でした。うーん、思い切っていえば、ここ数年で一番、感動した、みたいな。

 だいたい成立過程からしていいというか納得的なんです。

 この本は、なぜ日本が欧米の植民地にならなかっただけでなく、経済発展を遂げ近代的な産業社会を形成することができたのか、という問題に関して、メキシコの大学院で講演した時の講義を元に、維新政府による工部省事業から民間の紡績、鉄鋼、造船の各産業の発展に関して、技術史の視点で深く掘り下げながら見ていく、という構成なのですが、その510頁の大部な本を書き上げる熱いモチベーションがちゃんと美しく説明されているのです。

 幕末の雄藩は尊皇攘夷のための黒船と大砲を自力で製作するために、独自の工業化を目指すのですが、特に資金が豊富にあった薩摩藩は、反射炉を建設したほか、独自に3隻の蒸気船をつくるまでになります。その気質も含めてもっとも勇猛果敢であった薩摩藩が生麦事件の賠償を求めるイギリスと戦ったのが薩英戦争です。

 1863年8月15日《戦闘開始後45分、油断したイギリス戦艦が桜島付近に錨をおろし砲撃を開始したとき、桜島からの薩摩藩の砲弾がイギリス旗艦ユーリアラス号に命中し、ジョスリング艦長ほか八名が戦死します。このことが最後まで尾を引き、イギリス艦隊は決定的勝利を収めないまま引き揚げます》《この戦闘でイギリス側も薩摩の実力をあなどれないと認識します。しかし薩摩の側もそれをはるかに上まわって、彼我の力の格差の大きさを認識します。それはサムライ工業の苦心にはじまり、学校としての長崎で育てられた彼らの現実認識に最後の仕上げを与える、決定的な事件でした》(pp.37-38)。

 このくだりをメキシコで講義した時、《講義は冒頭から、思いがけない反応があった。第二章で書いた、薩英戦争で桜島の砲台からユーリアラス号へ加えられた一撃の話をしたとき、学生に異常な興奮が起こった。なぜ貴方は、薩摩が勝利したといわないのかという発言があり、全員を巻き込む討論になった。私は、薩摩はこの一撃によってかろうじて敗北を免れたのだ。大切なことはこの戦争をとおして、薩摩が敵の実力を認識したことなのだと応じたが学生たちは引かなかった。最後に「貴方は植民地化された国に住んだことがないから、この勝利の大切さがわからないのだ」という一撃を浴びた》《日本がこの時期に植民地化を免れたことの大切さを、彼らほどの切実な思いで受け止めてきたかという反省のきっかけとなった。その影響は本書にも示されてる》(pp.482-483)というんですね。

 ぼくも薩英戦争のこのエピソードは知っていましたが、スイカ売り決死隊と同じぐらいの重さでしか受けとめていませんでした。でも、確かにメキシコの大学院生が興奮したように、この一撃は「がさつの聞こえあるイギリス」に日本の植民地化をあきらめさせただけでなく、欧米に対抗するためには国民国家をつくり、挙国一致の体制をつくらなければならないと構想した薩摩藩と協力して幕府を倒し、新政府を打ち立てるパワーを持っていたかもしれません。

 それにしても、長崎を警護する役目を担っていた佐賀藩が海外事情を把握し、反射炉建設に進み、琉球処分で沖縄を支配していた薩摩藩が、沖縄に現れる西欧の船の急増ぶりから危機感をつのらせるということがなかったら、どうなっていたのか、という思いに打たれます。そして一冊の本を購入することから始められた反射炉の建設は、例えば水戸藩では台風で煙突が崩壊したり、基礎の考慮がなかった薩摩藩のものはだんだん傾いて放棄されるなどの苦心惨憺の末、徐々に実を結んでいくわけです。

 もちろん、そのほとんどは失敗の連続なのですが、それにもめげずに藩費を投じる雄藩の姿勢はスゴイと感じます。しかし、財政的負担に耐えられなくなった各藩は例えば南洋諸島で製糖業を展開することによって富国の道をさぐっていきます。それと同時に藩費で留学生を欧米に送り、しかもほとんど全員が頭脳流出することなく帰国して、維新政府の礎となっていくのです。

 彼らが権力を握り、国家の巨大な資金を動かせるようになって、まず行なうのが工部省事業です。明治3年に設立された工部省は官営事業として鉄道、造船、鉱山、製鉄、電信、灯台などの工場を行なうために海外から直接、設備を購入しますが、そのほとんどは失敗します。明治10年代半ば頃以降、鉄道・電信などを除きこうした官営工場は民間へ払下げられますが、やがて在来型の小規模な繊維業とリンクしたり、たたら製鉄とリンクしたりしながら、歩む過程というのも感動的。

 「欧米に追いついた」という偏狭的なナショナリズムは戦艦長門の完成時に頂点に達するのですが、それは輸入途絶によって多くの原材料と工業製品の外国から入ってこなくなるという現実的な予想と、資源と基礎産業が欠けているという認識から目をそらすことになります。《アメリカの潜水艦の予想を超える攻撃力に、日本本土と占領地間の海上輸送を脅かされ、次に予想を超える航空機の量と機動部隊の攻撃力の前に、日本列島が国際的包囲網の中で孤立するという悪夢は現実となり、燃料欠乏で片道しか飛べない飛行機、片道だけの燃料で出撃する軍艦を抱えて力尽きるのです》(p.477)。

 太平洋戦争はアメリカが仕掛けた戦争で日本はやむなく戦ったなどという妄想を披瀝するヒトが"美しい国"で増えている中、そうしたデマゴギーというか合理化は《中国侵略をやめるという選択肢があったことを無視しています。またこれほど大きな被害を国にもたらした指導者の判断ミスとそれを支持した極端なナショナリズムから、徹底的に教訓を学ぼうという姿勢を欠いています》(p.478)という著者のまとめには全面的に賛成します。

 こうした偏狭的なナショナリズムとは無縁の大久保利通による「凡ソ時弊ヲ矯メテ改革ヲ行ハント欲スルニ、先ズ以テ其病原ヲ察シ、由テ来ル所ノ本に及ボシ、是ガ治療ヲ下サザル可カラズ。何ヲカ病原と言フカ、熟維新后ノ形勢ヲ察スルニ、数百年因習スル将門ノ権ヲ殺ギテ王政ニ帰一シ、封建ヲ変ジテ群県トナシ…」から始まる「行政改革建言書」(明治9年12月)の迫力ある文章のなんと清々しいことかと改めて思います。

 著者は《声をだして読んでみるとその迫力がわかります。今日の若い人にも是非そうしてほしいので、漢字をカナに改め、送りがなを補い余分にふりがなをつけ、原文にない句読点をつけました》ということですが、ぜひ、書店で見かけたら、68頁から3頁にわたる大久保の記念碑的な文書を読んで欲しいとぼくも思います。

 正直、文章だけではイメージできない部分が多いので、NHKあたりが大特集を組むとか、あるいはシリーズで取り上げるなどして、その全容を視覚としても定着させたいです。

第1章 工業化の始点
第2章 武士の工業
第3章 明治維新と工部省事業
第4章 過渡期の在来産業―その原生的産業革命
第5章 機械紡績業の興隆
第6章 工部省釜石製鉄所から釜石田中製鉄所へ
第7章 近代造船業の形成
第8章 日本近代技術の形成

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