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January 17, 2007

『中村勘三郎楽屋ばなし』

Kanzaburo

『中村勘三郎楽屋ばなし』関容子、文芸春秋

 十七代中村勘三郎の楽屋話の聞き語り。なんでも5年間、楽屋に通い詰めたとのこと。

 ジャンルこそ違え、サッカーなんかのスポーツジャーニリズムの世界ではインタビューをちょこちょこっとやった安直なインタビュー集で一丁上がりみたいな本も散見されるけど、そうした世界とは一線を画したちゃんとした本づくりが感じられました。総合スポーツ誌の廃刊が相次いだけど、そうした背景には、とにかく選手や監督を引っ張り出してきて、なんかしゃべらせて、紙面構成しちゃうみたいなことろもあって、そうしたのは見抜かれているわな、とつまらないことも考えさせられました。

 十七代中村勘三郎の父は歌六。本妻との間には初代吉右衛門を育てていますが、十七代中村勘三郎は娘義太夫をやっていたお妾さんの母との間に生まれました。でも、昔の歌舞伎役者なんかはイイ女に会うとすぐ子どもつくって、その子に芸の素質があると見込むと養子にするみたいな感じだったそうで、六代目菊五郎も妾の子とバカにされていた十七代目に対して《「俺だって実は妾の子なんだよ。妾の子っていうのは、かえって出世するもんだよ」と慰めてくれてからがいかにも六代目らしい。あたりをちょっと見まわしてから、あの少ししわがれた声をもっとひそめて、「その証拠にはな、天子様を見な。畏れ多いが…お妾の子だよ」》(p.18)と大正天皇を引き合いに出して気を大きくもてと励ましたそうです。

 印象的なのは、兄吉右衛門のことよりも、やはり六代目のこと。《泣く芝居のときには、ぼくが片方の目しかおさえなかったら、お前、もう片方からは涙出ないのか、っていわれた》(p.49)とか、忠臣蔵のお軽と勘平とのやりとりで《「昼は人目をはばかるゆえ」「幸いそこの松かげで」「しばしのうちの足休め」「ほんにそれが、よいわいなあ」というところがあるでしょ。あれは足を休める、ってだけじゃないのよ。そこの松かげで、人目がないからちょっとしようか、ってことだって。それでお軽があんなにいそいそと喜んじゃう、ってわけね。ほんにそれがよいわいなあ、なんてさ》(pp.84-85)と教えてもらったそうで、いやー、歌舞伎は深いです。

 六代目は早慶戦で慶應を応援していて、鰻を五十人前届けたら、翌日勝ったというんで、それからずっと届けるほどだったらしいんですが、《ふと思いついて笑っちゃったのは、吉右衛門の孫達、今の幸四郎も吉右衛門も学校は早稲田でしょ。今でも片っ方だけ早慶戦が尾をひいているんだね》(p.115)なんてあたりも、昔の人じゃないと聞き出せない話ですよね。お焼香なんかでも吉右衛門は丁寧に慇懃に時間をかけるそうですが、六代目は無造作にやりながら《ひととこグッと情をこめるんだ》(p.117)とまで語っているように、完全に六代目派ですね。

 海老蔵(今の団十郎)と玉三郎が宴たけなわの勘三郎邸にあらわれて、一緒にお酒を飲む場面なんかは、「ああ、こうやって芝居仲間と酒を飲んで騒いで年をとれたら最高だろうな」と思いました。息子の勘九郎(今の十八代中村勘三郎)が玉三郎と話しをしていて《「ねえ、年上の女の人と恋愛する芝居でいいのがありませんかね。何かお兄ちゃんとやらせてもらいたいな」「あら、何も年上じゃなくったって、いいじゃない?」「ダメだよ、やっぱりぼくが無理ですよ」「そうかしらねえ」そうやって二人で話合っている様子が、そのまま世話ものの舞台稽古のように見える》(pp193-194)なんてのは、うらやましいいなぁ、と。

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