« 「神田まつや」のごまそば | Main | 「中本」のヒヤミ・ネギ酢麺 »

January 19, 2007

『サバイバル登山家』

Survival_1

『サバイバル登山家』服部文祥、みすず書房

 必ずしも、全面的に著者の生き方を肯定するわけでもないし、動機付けにも納得できてはいないんですが、それでも「久々に熱い本に出会った」という確かな感触は残してくれました。

 著者の服部文祥(ハットリ・ブンショウ)さんは36歳。サバイバル登山家を自称し、なるべく食料も燃料も少なくして、テントなどの装備も最小限にして全身に山を感じながら日高全山を1ヵ月かけてひとりで踏破したり、さすがに冬山の場合は死ぬので装備はキッチリ持っていくのですが、豪雪警報の出ている冬の黒部に籠もり、未踏峰ルートをアタックするなどの記録を集めたのがこの本。

 そのモチーフというのが、最初の方に書かれているんです。

 《気がついたら普通だった。それが僕らの世代の思春期の漠然として重大な悩みである。おいしい食べ物や暖かい布団があり、平和で清潔だった。そして僕らはいてもいなくてもかまわなかった》(p.25)《生きるということに関してなにひとつ足りないものがない時代に生まれ育ってきた。それが僕らの世代共通の漠然とした不安である。老人たちは決まってそのことを贅沢な悩みだという。だが、生きることに必死になれたり、反抗する甲斐のあるものをもっていたりするほうが、生きている充実感を味わうのは簡単だ》《環境が満ち足りているのに、何もできないというのは恐ろしい。それはダイレクトに無能を証明するからだ。少なくとも旧い世代が思うほど僕らの世代は楽じゃない、と僕は思う》(p.28)。

 いいですね。率直で。若書きの良さが出ています。

 p.35のフリークライミングの思想を語るところなど「ちょっと美化しすぎだし、違うと思うぜ」といいたくなるような部分もあるのですが、それでも全部をひっくるめてイイです。

 と、同時に、例えば、巨大なモンスーンの雲の下で洪水におびえるバグラデッシュの人たちなどを、ぼくがどうすることもできないことに通じるような切なさも感じてしまいます。ぼくは、このハットリ・ブンショウさんの欠落感というか喪失感をどうやっても埋めてあげることはできないですもん。

 確かに「旧い世代」に属するぼくには、反抗し甲斐のある対象がありましたし、それほど欠落している感じや飢えることなどはありませんでしたが、モノが揃っていく喜びを感じることはできました。ぼくは良く引用するのですが、それは「リベラルかつ適度にレフトであることは、皮肉にも社会的上昇の資格証明ともなっていた社会」だったといえるかもしれません(『現代ドイツ―統一後の知的軌跡』三島憲一、岩波新書)。その欺瞞はぼくのような「旧い世代」の負い目でもあるし、逆にいえば本当に幸せな世代だったのかもしれません(それにしても構造改革なんていう左翼の用語が自民党に取られてしまったような現代では、何に反抗していいのかわかりませんよね)。

 人によっては自傷行為にも感じるようなハットリ・ブンショウさんのサバイバル登山記には、実は、ハッとするような美しい機能美あふれた行動の記録が満ちあふれています。たき火の算段の仕方など、実際にやってみたくなるような、その行為自体が生命感に満ちていますし、なんといっても現地調達を基本とする食料の核となる岩魚釣り!空腹に耐えて釣りあげ、自分で起したたき火であぶった岩魚の味!

《岩魚を一匹だけ焼いて食べた。泣き出したくなるほど旨かった》(p.56)なんてあたりは感動しました。

 とにかく、面白い本です。あまりぼくの駄文で紹介すると、この本のきらめきが消えてしまうように感じるので、もうやめますが、久々に云います。

 買って読んでみてください。素晴らしい読書体験になると思います。

|

« 「神田まつや」のごまそば | Main | 「中本」のヒヤミ・ネギ酢麺 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/13574997

Listed below are links to weblogs that reference 『サバイバル登山家』:

« 「神田まつや」のごまそば | Main | 「中本」のヒヤミ・ネギ酢麺 »