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January 03, 2007

『民権と憲法』

Minken_to_kenpo

『民権と憲法 シリーズ日本近現代史2』牧原憲夫、岩波新書

 みなさま、あけましておめでとうこざいます。今年もよろしくお願いいたします。

 さて、『民権と憲法』は『幕末・維新』に続く岩波新書のシリーズ日本近現代史の2巻目。「はじめに」で著者が述べているように《民権派と民衆が一体になって明治政府に対抗したという、かつての民権運動史研究が描き出したような二極対立の構図はリアリティに乏しい。近代国家建設という目的を共有したがゆえに、鋭く対立せざるを得なかった明治政府と自由民権運動のほかに、政府に強く反発しながら民権派とも異なる願望をもった民衆という独自の存在を加えた、三極の対抗という新しいとらえ方》で描かれてはいるんですが、結論的に云って、それが成功していとは思えないんですよね。

 議会開催を求める民権派の動きが収束し、唐突に伊藤博文による憲法制定の構想の話に入り、憲法発布による近代的な国民国家の創設という流れを追うだけの記述になって終わってしまう感じを受けるからです。そこには二極構造にしても三極構造にしても民権派と民衆がなんらかの影響を与えたという痕跡がまったく感じられません。あるいは、民権派と民衆が最終的に対立し、先鋭化した部分が壊滅することによって、逆に政府の自由度が増した、ということなのかもしれませんが、そうしたことが意識的には書かれて成功しているとは感じられません(紙幅が足りないというのではないと思います)。

 これは、岩波的には民衆の底辺からの民権運動っていうのを書きたいという方向が、現実の研究とマッチしていないというか、「あとがき」で書いているように民権運動史の研究が停滞していのに加え、当時の人々の願望が反映されたものとして民権運動を見直すという研究を十分には反映できなかったことにあるのかな、と感じましたが、いかがなもんでしょう。もちろん、知らないことはいっぱい書かれていまして、そうした断片を知るだけでも楽しかったのではありますが。

 例えば愛知の愛国交親社は戊辰戦争時に尾張藩草もう隊として動員された博徒や下級士族によって結成され、撃剣会で人気を集め、参加すれば兵役が免除されるなどと勧誘していたんですと。また、荒れる演説会の花ともいう粗暴書生たちは板垣や末広にとって困った存在であった反面、大衆運動の盛り上がりの面では押さえつけることのできない存在だったあたりなんていうのは、どの時代でも同じなんだな、ということを感じましたね(p.26-)。

 一方、政府側も木戸が77年に病死した翌年に大久保も殺され、大隈と伊藤を中心に運営されていたものの、明治天皇は20代なかばの青年になっていたにもかかわらず酒や乗馬にかまけて未熟なままで、西南戦争の時には、西郷に親愛の情を持っていたことから閣議をさぼるなど政務放棄の態度をとっていたらしいんですな(p.32-)。困った政府は君徳培養のために侍補の職を設けためのですが、抜擢された元田、佐佐木らは国学や儒学を背景にした学者で、天皇に反西洋の考えを植え付け、後に伊藤を悩ますことになるというのも皮肉なもんです。

 明治14年の政変で大蔵卿となった松方は、徹底したデフレ政策をとることによって、農村は深刻な不景気となり、民権運動を財政的に支えていた富農層が自家の経営に専念せざるを得なくなったことで、新聞の休刊が続くなど運動は一気に衰退していき、さらには自由党と立憲党の非難合戦が始まるなど政府の思うつぼにはまっていく、という構図は知りませんでしたね(p.56-)。

 感動したのは、繊維産業を支えたのが高価な海外製品などを使わずに鋳物職人たちにつくらせたボイラーや陶器だったこと。こうした安価な製品で製糸場をつくる工夫をするとか、座繰器による生糸の品質を安定させるために、もう一度まき直す場返しを行うことで品質向上と均一化をはかったなんていうことで輸出産業が離陸していくんですね。木製ジャーガードを作っちゃう発明家も現れるなど、当時の職人はすごいですな。やがて大規模な紡績工場も大阪紡績の成功によって各地で設立が相次ぐんですが、そこで働いていた女子労働者は、本土イギリス並の工場法が施行されたインドを、それ以下の賃金と深夜割り増しの廃止などによって駆逐していったというのは、今も昔も、日本の経営者は安い給料しか払わないということで乗り切ることしか考えていないんだ、と思わされて、ちょっとガックリしました。

 北海道や沖縄を国内植民地として描くあたりはいかにも岩波的であり、あまり面白くもないところ。壬午事変、甲申政変、大阪事件のあたりも退屈ですが、朝鮮側と連帯した日本人に関して、侵略と連帯をどう区別するのか、という問題は今もって課題となっている、というあたりはちょっと考えさせられました(p.126)。

 また、肝心の憲法ですが、プロイセンにおいて伊藤は憲法そのものよりも運用や行政が大事だと気づき、近代行政学の父と呼ばれるシュタインに「アククチュワルのポリティクスをいささか相学び度」と門を叩いんだそうです(p.160-)。シュタインは君主・議会・行政が互いに牽制しながら調和するものとして立憲制をとらえ、国家建設で重要なのは行政の自律性の確保だと云うんですね。なるほどなぁ、と。

 その後、憲法発布に向けて日の丸、君が代、御真影、万歳三唱が国民統合の四点セットとなっていくわけですが(p.196)、前半とはまったく別物というか関連がみられません。

 シリーズとしては出だし好調だと思ったのに、いきなり2巻目で足取りに軽快さがなくなってきて、ちょっと心配でしょうか…。

■目次
はじめに


第1章 自由民権運動と民衆
  1 竹橋事件と立志社建白書
2 県議会から国会開設へ
3 国民主義の両義性

第2章 「憲法と議会」をめぐる攻防
  1 対立と混迷
2 明治一四年政変
3 自由民権運動の浸透と衰退

第3章 自由主義経済と民衆の生活
  1 松方財政と産業の発展
2 強者の自由と「仁政」要求
3 合理主義の二面性

第4章 内国植民地と「脱亜」への道
  1 「文明」と「囲い込み」の論理
2 琉球王国の併合
3 朝鮮・中国と日本

第5章 学校教育と家族
  1 一八八〇年代の学校教育
2 森有礼の国民主義教育
3 近代家族と女性

第6章 近代天皇制の成立
  1 近代的国家機構の整備
2 民衆と天皇
3 帝国憲法体制の成立

おわりに
 あとがき
 参考文献
 略年表
 索引

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