« 「いなか道 根ッ子」の温卵ぶっかけ | Main | 『ローマ人の物語』の15年 »

December 22, 2006

『ローマ人の物語 15』

Roma15

『ローマ人の物語 15 ローマ世界の終焉』塩野七生、新潮社

 92年から年1巻のペースで書き続けられてきた『ローマ人の物語』の完結篇。

高校の世界史レベルでは、西ローマ帝国は476年に傭兵オドアケルによって滅ぶと書かれていますが、それが、どれほど情けない滅び方だったとまではなかなか教えてくれません。

 そして、その後には意外にも蛮族による平和がやってきて、しかし、大帝と呼ばれる東ローマ皇帝ユスティニアヌスがアリウス派キリスト教を滅ぼすという宗教戦争をかなり意識したつまらぬ戦いを仕掛けることで崩壊させられ、最終的には傭兵に雇った新参者の蛮族であるロンゴバルド族によって支配されることで長い暗黒の歴史に入る、というあたりまでは正直、知りませんでしたね。

 塩野さんの『ローマ人の物語』を茶化すことはできるとは思いますが、ぼく個人は15巻を読むことによって、どれほどグレコ・ローマンの基礎的な知識を仕入れることができたかわからないので感謝の気持でいっぱいです。

 ローマといえば皇帝。でも、普通、皇帝なら親族で延々と続けるハズなのになんで五賢帝は違うんだろうとか、マルクス・アウレリアスはなんでゲルマン人の住む奥地まで自ら遠征し老骨に鞭うつような環境で戦ったんだろうとか、皇帝と元老院の関係ってどうなってるのとか、なんでコンスタンティヌスはキリスト教を国教としたんだろうとか、三頭政治というのがどういうキッカケで始まってなんで内戦になったのか、また最終的に勝ったカエサルは絶対的な権力を持っているハズなのになんで元老院くんだりで殺されなければならなかったのか、などなど、ボーッと考えていた疑問はあったのですが、あまりにもローマ史というのは長いし、複雑だし、欧米人が書いている場合はグレコ・ローマンの常識を前提としているから、そうした蓄積がない小生などにとっては、帯に短し襷に長しという本ばかり。結局、ほったらかしていました。

 塩野さんの偉いところは、読者にそうした基礎がないことをバカにしないで、丁寧に、しかも冗長にはならずに解説してくれるところ。ここら辺は、海音寺潮五朗さん、司馬遼太郎さんあたりからの「ここからは随筆的に語りたい」みたいな歴史小説の呼吸の伝統をどこか受け継いでいるのかな、なんて思いました。文学作品ではなく、学問としての歴史書でもないかもしれないけど、もしかしたら、いにしえのリベラル・アーツのようなものかもしれない歴史の語り口。

 いや、分かりますよ。学問じゃないっつう云い方は。学問というのは、コツコツと、例えば、人口の推移とか、メンテナンスの際に記された碑文なども含めて全部、漏らさず網羅して記録し、ちょこっと私見を加えることで全体として一歩々々進歩していくものですからね。でも、なんで人が歴史を学ぶかというと、それは、なかなか客観視できない日々の生活を遠くから見つめるための視点を得ることでしょうし、日本史ももちろん大切だけど、18世紀以降は、誰がどう文句云おうと、普遍としての西洋が世界に広がっているわけだし、そのルーツともいうべきローマ史を、これほど興味深く、じっくりと、しかも印象深く掘り下げてくれた塩野さんには、感謝の言葉もありません。

 で、淡々と筆を進めていくんですが(最初の頃と比べて女流作家独特の悪文が減ってきているのも進歩)、「あ、ここを云いたかったんだ」というところを見つけました。それは、東ローマ帝国のユスティニアヌス大帝の命を受けてゴート戦役を戦ったベルサリウスが、ゴート人のたてこもるナポリを攻める際に、水道橋を使った場面です。

 水道は街道と並ぶローマの二大インフラ。塩野さんのローマ史の特徴はインフラだけに一巻を捧げていることだと思いますが、パクス(平和)を実現した後は人々の生活を支えるためにインフラ整備が何よりも大切だと考えたローマ人の、そのローマによる平和(パクス・ロマーナ)の象徴ともいうべき水道橋をつたわって東ローマ帝国の兵が城壁に囲まれた都市の中に潜入するんです。なんという堕落でしょうか。

 《誰もが新鮮な水を充分に使えること自体が立派に文明だが、水を流すことだけを考えて水道を建設していればよかったこと自体も、「パクス・ロマーナ」(ローマによる平和)の証しなのであった。
 それが、兵士の進入路として注目されるようになっては、ローマ文明の居場所はなくなる(中略)。最も重要な文明がゴート戦役を境に消滅するのである(中略)。一般の人々への常時の配水もまた立派に政治であると考えていた、ローマ文明は死んだのであった》(pp.361-362)。

 水道を使って侵入する作戦を実行したベルサリウスは、逆に占領したローマを包囲されてしまい、あげくに水道を破壊されるなど、ローマ帝国が築いたインフラは徹底的に破壊されるのです(p.366)。そして東ローマ帝国の将軍は《水が流れてこなくなった坑道をまず破壊し、介した口に石つみあげてふさぎ、さらにその上をしっくいで塗り固めとしまったのである》(p.367)。なんという歴史の皮肉でしょう。

 どの時代もそうでしょうが、結局、歴史を終わらせるのは、純粋思考に知らず知らずに凝りかたまったような人々といいますか、柔軟性を失った社会なのかな、と思いました。15巻の表紙が破壊された水道橋だったのも納得です。

 ちょっと土日は15巻を振り返ろうと思います。

|

« 「いなか道 根ッ子」の温卵ぶっかけ | Main | 『ローマ人の物語』の15年 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/13165211

Listed below are links to weblogs that reference 『ローマ人の物語 15』:

« 「いなか道 根ッ子」の温卵ぶっかけ | Main | 『ローマ人の物語』の15年 »