« ヒロミが戻ってきそうなので桃スタにでも行こうか | Main | 「一夜一夜」の魂のおにぎりランチ »

November 30, 2006

『シリーズ日本近現代史 幕末・維新』

Bakumatsu_ishin

『シリーズ日本近現代史 幕末・維新』井上勝生、岩波新書

 岩波新書の<シリーズ日本近現代史>全10巻という通史の企画がいよいよスタートしました。第1巻は、井上勝生北海道大学教授による『幕末・維新』。

 第1巻の中身をざっくり云っていまえば、諸外国に屈服したと言われてきた幕府から維新政府に継承されていく幕末・維新の外交について、成熟した伝統社会を背景にした柔軟で現実的なものであったとして再評価する、みたいな感じですかね。

 幕末の歴史については、講座派マルクス主義者である遠山茂樹『明治維新』と司馬遼太郎さんの一連の著作という両極端のワクの中に入る知識で語られることが多かったと思うのですが、井上勝生さんは最新の研究によって、欧米とは違った形ではあれ、近代化に必要な勤勉さを重視するモラル、規律や衛生といった文化は江戸時代に成熟していた、ということを前提に、江戸幕府の役人も十分ハードネゴシエーターであり、決して欧米に屈服したわけでなく、関税自主権がなかったということだけをとらえて不平等条約の不備を指摘するのはあやまりで、外国商人の居留地以外での商行為を禁止したおかげで、横浜に関東各地から生糸商人がおしよせるなど、内側から貿易を定着させたといった面も見逃してならない、と力説します。また、片務的領事裁判権の問題にしても《もし外国人に幕府の司法を適用するという事態になれば、欧米からの日本の司法に対する観賞ははるかに激烈であったことが容易に予想され》ると評価しているのもなるほどな、と(p.46)。

 痛快だったのは、ハリスがアメリカは非侵略国であり、アヘンの心配もあるから、アヘン戦争に加担していなかったアメリカの庇護に入れという主張に対して、勘定奉行たちはオランダ別段風説書や漢訳された洋書などをつぶさに調べることによって、アメリカがメキシコ戦争でカルフォルニアを掠取したことや、トルコのアヘン千箱を毎年、中国に運んでいることなどを指摘、老中たちに意見具申しているあたり。どこぞの政府とは大違いですな。

 オランダ別段風説書は毎年、オランダ政府が送ってきた海外情報なのですが、驚くほど多くの情報がもたらされているんですね。1852年の別段風説書ではペリーに日本へ向かう命令が出されたこと、53年には艦隊の規模、旗艦であるサスクェハナ号が2000トンクラスと世界最大であることなども報告されているんですね。これは知らなかったな。

 そして、幕府高官に大統領親書を渡すために強硬上陸してきたペリーに「国にはその国の法これあり」と応じて拒否した地元の与力も見事に近代的な応対ぶりですよね。どうも、ぼくたちは明治政府が維新を肯定的なものと喧伝するために「幕府の未熟な外交」というイメージを広め、それを鵜呑みにしている面もなかったわけではないのかな、と思いましたね。

 また、孝明天皇についても、米国との条約を神州の瑕疵であり許すまじきこととして攘夷を主張したことに対して、山内豊信など一橋派の大名たちからも《「書生同様の論」であり、「戦争に及びそうろう後の策はと推す(尋ねる)」と、朝廷は「茫乎、答えを得ず、此のごときは、国家の大事にとりそろうては、無謀にござそうろう」と批判》されていたとは知りませんでした(p.62-63)。

 また、第二次幕長戦争で幕府軍を圧倒した奇兵隊についての《羽織・軍服・襦袢以外を禁止されたのは、足軽でも着けていた多少の防具(胴丸など)すら着けない、裸同然の、「使い捨て」の近代歩兵が登場したこと》(p.137)という指摘もうなりました。また、奇兵隊は《後発国につくられる、社会から突出した「近代軍」なのである》《欧米の新鋭武器を導入した後発国の強力な精鋭常備軍の多くは「貧しき人々」に兵士となって「実力ではい上がれる唯一の機会」を提供するが、その軍隊は民衆には強烈に抑圧的なのである》(pp.138-140)という側面もあることを教わりました。ここらへんのことは司馬遼『世に棲む人々』なんかには絶対、書いていないことですからね。

36

 この後も、ずっと面白い話は続くのですが、印象的だったのは、ペリー艦隊のカッターと漕ぎくらべで船足がまさった「押し送り船」を中心として包囲していた江戸湾の漁船団が、幕府と労負担で交渉し、雇い賃を獲得したなんていう話。これなんか本当に社会的な成熟、権利意識が感じられる話です。にしても、ペリーが初鰹などを市場に運ぶ快速「押し送り船」の船形の美しさを賛嘆し、ペリー提督日本遠征記に詳しい図面を載せていたということには、誇りを感じますね(p.212、p.238)。「押し送り船」は北斎や広重も描いています。機能美あふれるモダーンな設計にほれぼれします。

Hiroshige

とにかく、マルクス主義史観と司馬遼史観(んなもんないと思うんですが、プロの西洋史家にもコロッとまいっちゃってるヒトが教科書をどうこうする会にいたりするから怖い)以外にも幕末・維新の歴史はこんなにも面白く、また研究によって新しい側面を見せてくれるんだということで、楽しみな企画です。

第1巻:井上勝生『幕末・維新』
第2巻:牧原憲夫『民権と憲法』
第3巻:原田敬一『日清・日露戦争』
第4巻:成田龍一『大正デモクラシー』
第5巻:加藤陽子『満州事変から日中戦争へ』
第6巻:吉田 裕『対英米開戦と総力戦』
第7巻:雨宮昭一『占領と改革』
第8巻:武田晴人『高度成長』
第9巻:吉見俊哉『ポスト戦後社会』
第10巻:宮地正人編『日本の近現代史をどう見るか』

|

« ヒロミが戻ってきそうなので桃スタにでも行こうか | Main | 「一夜一夜」の魂のおにぎりランチ »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/23829/12881248

Listed below are links to weblogs that reference 『シリーズ日本近現代史 幕末・維新』:

« ヒロミが戻ってきそうなので桃スタにでも行こうか | Main | 「一夜一夜」の魂のおにぎりランチ »