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November 05, 2006

『西洋哲学史 近代から現代へ』

Kumano

『西洋哲学史 近代から現代へ』熊野純彦、岩波新書

 なぜか上巻ともいうべき『古代から中世へ』のような感動がない。なぜなんでしょう。上巻は硬質な素晴らしい文章が見られたのに、今回は説明するのに一杯いっぱいという感じがする。

 まあ、個人的に好きなヘーゲルをつなぎみたいな扱いにしているのに加え、フーコーの「ヘーゲル的ではない哲学がありうるだろうか」という問いのまえにラッセルの「ヘーゲル哲学のすべてはたぶんあやまりである。それでもなお、ヘーゲルの思考には、たんに歴史的なものではない重要性がある」という言葉を載せているあたりで個人的な好感度がガタ落ちになったというのも不満な感じを増幅させているのかもしれません。ヘーゲルの記述に関しては熊野さんが一番お得意なのはレヴィナスなどの現代ドイツだということを考えても、ちょっと冷淡に感じてしまう。単に小生の理解力がないからなのかもしれないけど…。

 とはいうものの知らないことばかりでもあるので、個人的に勉強になったところをご紹介します。

 「2章 近代形而上学」のスアレス。スアレスの『法律について』は社会契約論の萌芽があり、19世紀のラテン・アメリカのスペイン独立戦争や解放の神学にも影響与えたといいますが、《個体が個体である場合には、それが他のものではないこと、この「否定」がなりたっている》(『形而上学討論集』p.26)という引用は、この本の通奏低音となっています。

 「3章 経験論の形成」のロックで、知識を可能とする知性はunderstandingだというのはわかりやすかったな(p.43)。「6章 経験論の臨界」でも《人間は、「思考する、知的な存在thinking inteligent Being」であって「継続する持続」continuned Duration》(『知性論』p.101)というあたりも。英語ってわかりやすいですよね。ヒュームの黙約conventionの同意が正義論の根底をなすものと考えたのは、社会契約論という挙行に対する批判であり、遺稿を託されたスミスが『国富論』で交易し交換する人間の本性について語る背景には、こうした核が隠されている(p.105-)というのは勉強になりました。

 カントに関しては《人間の自由は、すこしも秘密ではない。それは道徳法則の存在によって知られる。だが、自由の根拠は探求されえない。それは認識には与えられない「秘密」Geheimns」であり、人間にとって一箇の知の深淵なのである》(『宗教』p.142)という引用は印象的。その後のマイモン、フィヒテ、シェリングに関しては伝記的部分が面白かったですね。

 ヘーゲルに関しては「同一性と非同一性の同一性」について『論理学』によりかかって説明していきますが、そこを書くんなら精神現象学にもちょっと触れてよ、みたいな。

 こんなことを書くと読書量の不足を露呈するだけですが、「12章 理念的な次元」で読みたくなったのはフレーゲとカッシーラーの本。まあ、数学論になるからどうせ放っぽり出すのが関の山でしょうが。

 最後の《(レヴィナスの)弔辞を読んだデリダが二〇〇四年の秋に没し、他者をめぐる思考のひとつが途絶えた。そのあとのみちすじについて歴史というかたちで語り出すことは、なおゆるされていないように思われる》というラストは盛り上げすぎではないでしょうか。

まったく受けないというかアクセス数激減するのは目に見えているのですが、長谷川訳ヘーゲルの『論理学』ぐらいまた、連載しますかね…。

1章)自己の根底へ―無限な神の観念は、有限な「私」を超えている デカルト
2章)近代形而上学―存在するすべてのものは、神のうちに存在する スアレス、マールブランシュ、スピノザ
3章)経験論の形成―経験にこそ、いっさいの知の基礎がある ロック
4章)モナド論の夢―すべての述語は、主語のうちにすでにふくまれている ライプニッツ
5章)知識への反逆―存在するとは知覚されていることである バークリー
6章)経験論の臨界―人間とはたんなる知覚の束であるにすぎない ヒューム
7章)言語論の展開―原初、ことばは詩であり音楽であった コンディヤック、ルソー、ヘルダー
8章)理性の深淵へ―ひとはその思考を拒むことも耐えることもできない カント
9章)自我のゆくえ―私はただ私に対して存在し、しかも私に対して必然的に存在する マイモン、フィヒテ、シェリング
10章)同一性と差異―生命とは結合と非結合との結合である ヘーゲル
11章)批判知の起源―かれらは、それを知らないが、それをおこなっている ヘーゲル左派、マルクス、ニーチェ
12章)理念的な次元―事物は存在し、できごとは生起して、命題は妥当する ロッツェ、新カント学派、フレーゲ
13章)生命論の成立―生は夢と行動のあいだにある ベルクソン
14章)現象の地平へ―世界を還元することで獲得されるものは、世界それ自体である フッサール
15章)語りえぬもの―その書は、他のいっさいの書物を焼きつくすことだろう ハイデガー、ウィトゲンシュタイン、レヴィナス

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