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November 08, 2006

『追悼記録 網野善彦』

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『追悼記録 網野善彦』赤坂憲雄、洋泉社

 甥っ子である中沢新一さんと『網野善彦を継ぐ』という本まで出した赤坂憲雄さんが、死去2年半の時点で、報道記事、研究者・編集者・友人の追悼文章を集めるとともに、最後に未発表の講演遺稿も掲載した本。

 あらためて"網野史学"を整理してみると、その業績は《1)人間が本来もっている「原始の野生」(自由さ)が、国家や権力によって失われていく過程として歴史を読み解こうとした2)権力の及ばない空間である「無縁」の存在を明らかにし、中世の都市をそれに準じる自由の横溢した世界としてとらえた3)これまで見過ごされてきた商人や職人、被差別民、女性などが歴史の中で果たしてきた役割を掘り起こし、再評価した4)「百姓は農民だけではない」と強調、農業を中心に構築されてきた従来の水田一元史観を批判した5)日本が単一民族、単一国家として成立してきたかのような"思い込み"を繰り返し否定した》(p.167)という読売新聞に掲載された峰岸純夫氏のまとめがスッキリしているように思えます。

 特に赤坂さんらが衰退史観と呼んでいるように、原始の「無縁」こそユートピアであって、それを根拠に近代批判を行なってるというのは、なるほどな、と思いました。で、もちろんそのことを実証することは難しいわけで、しかも、専門である中世史からも大きく外れるし、近代史の専門家などからの強烈な批判を喰う結果になっているのだと思います。

 高校の教諭だった頃に生徒から受けた「なぜ天皇制が残ったのか」という質問に答えるために研究してきたという有名なエピソードが、受け入れられやすい反面、ぼくみたいな大衆に向かって書いてきたということで、多少、脇が甘くなっているのかもしれないな、と思っています。だいたい中世史でベストセラーなんて書いちゃったから学界からはネタミは受けやすかったでしょうしね。

 で、赤坂さんが書いておられるように急速に発達してきた縄文や弥生の研究に沿って「原無縁」のイメージを再構築すべきだし、日本海や太平洋を介しての周辺地域、国家とのネットワーク史学の方向も遺された先生方には追求してもらいたいと思います。

 面白かったのが、最後の旧制東京高校時代の同級生が書いた文章。農業指導の教官とにらみあいになり、彼らに下剤入りのオニギリを喰わせたことに加担していたなんてのは同級生しか書けないエピソードでしょうね。

 で、先日、木村尚三郎さんのお知り合いの方から、面白い話を聞いたので、最後にチラッとご紹介します。旧制東京高校というのは、ほんらい旧制中学を含む国立で唯一の七年制の高校で、のちに一高とともに新制東京大学の教養学部に再編成されたそうですが、大宅壮一さんからは「ジュラルミン高校」と名付けられたそうです。そのココロは「ピカピカと人の目を奪う才気煥発型だが、薄っぺらで芯が弱い」という意味らしく、重厚・田舎風の一高とは対照的な、センスのいい、勘働きの利く都市型旧制高校であったそうで、そうした校風が網野さんの研究にもうかがわれるんじゃないのかな、と思いました。

 にしても、くだらない薄っぺらな新書ばっかりが出るなか洋泉社の新書は良心的ですね。ナニも差し上げられませんが応援してます。

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