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August 18, 2006

『中世の身体』

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『中世の身体』ジャック ル=ゴフ 、藤原書店

 ル=ゴフ先生のご著書は情報が豊富すぎちゃって、とてもサクッとは紹介できません。

 いつも感心するのは結び。今回も「だから、身体には歴史がある。身体とは、われわれの歴史なのだ」と余韻を残し、カッコ良いです。コルバンらによる『身体の歴史』の露払いという感じはするけど、満遍なく注がれた視線は、大著の風格さえ感じさせます。

 ル=ゴフ先生の描きたかった物語はキリスト教がもたらした身体に関するアンビバレンツな感情が、様々な軌道を描きつつ、最終的には肉体の復権に終わるという道筋なんでしょう。

 1章の「四旬節と謝肉祭の闘い―西洋のダイナミズム」は、復活祭前の断食など身体に対しては抑圧的にふるまうことを強要していた教会に対して、民衆の側はブリューゲルの絵のように謝肉祭のらんちき騒ぎで対抗していたというか、常に「中世の人間の日常生活は、四旬節と謝肉祭の間を揺れ動いて」(p.45)いたというんですね。いいですねぇ「四旬節と謝肉祭の闘い」というタイトル。ピタッと決まっています。

 教会側が管理しようとした性の禁欲期間は長くなる一方で、「人口はわずかに一八〇から一八五日ほどの性交可能日によって大きな打撃を被る」(p.58)までにいたったというんですねぇ。いやはや。「でも、そんなこと誰も守ってなかったんじゃないの」と疑問に思うですが、なんでも、フランドンという学者さんの研究によれば、「禁欲期間の九ヵ月後には出産曲線が低下しており、これは禁欲が守られていることを表わしている」(p.82)というんですね。確かに、ル=ゴフ先生はお得意の聖王ルイに関して、ルイは禁欲期間をよく守り、それが終わると同時に妃の寝室に飛び込んだ、みたいなことを書いていましたっけ。

 あと、修道士には泣くことが勧められるのですが、これは「涙が禁欲者の支配の対象たるべき身体の液体の体系の中に含まれているから」(p.99)というのも気がつかなかったなぁ。まあ、単純化すれば、涙をより流すと精液が減る、という発想なわけなんですね。

 11世紀から13世紀までの間に、労働の価値が認められるという精神改革が行われ、いかがわしい労働に対しても価値が認められた(p.94)なんていうあたりも面白かった。

 あと、アルコールは中世の発見であり、薬の製造を目的としてまず修道院において生産が開始され(p.173)、修道院にはワインの修道院とビールの修道院ができたとか(p.201)、比較的バランスのとれた食生活によって9-10世紀にかけて爆発的に人口が増加したとか(p.205)、13世紀以降にみられるアダムとエバの裸体のイメージは、中世の人間たちが裸体に惹きつけられていたことの証拠(p.211)などの3章「身体の文明化」も面白い話がいっぱい。

 食養法は修道院で発展したというのも知らなかったし(p.151)、自分の体を抑えつけた聖フランチェスコは《身体はそれでも「兄弟」であり、病気は「姉妹」である》として、シラ書に基づき身体を一つの価値として認めた、なんて話もなるほどねぇ、と(p.166)。

ちょっと疑問に思ったのは原罪の性的な罪への転換(p.67)のあたり。ル=ゴフ先生はエバが智恵のリンゴを囓ったことを、智恵を知ることではなく性交することなのだと教会は民衆に納得させたと書いているけど、元々、ヘブライ語のヤダーには知るということとセックスの両義があるので、これは教会が強引に解釈してうんぬんということではないと思いましたが、ま、ケチをつけるとすれば、ここぐらいでしょうかねぇ。ひょっとして原テキストでは、もっと違ったことを書いているかもしれないけど(だって、旧約を少しでも勉強したなら、これは常識だから)。

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