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July 08, 2006

『日本の個人主義』

Jananese_individualism2

『日本の個人主義』小田中直樹、ちくま新書

 えー、更新しようとする意欲がなくなほどサイトとココロの重い状態が続いておりまして、しかももう、あまり新刊書は張り切って探さないようになってしまってはいるのですが、いつも、新しい読書の分野を教えていただいている小田中先生のご著書ならば読まないわけにはいかないということで(それでも少し時間はあいてしまいましたが)、読んでみました。

 最初に感じた疑問「なんで大塚史学がテーマなの…」は、最終的には「あとがき」で『歴史学のアポリア』山川出版社で大塚史学を論じていたから、ということでとけたので、さっそく未読の『歴史学のアポリア』『ライブ・経済学の歴史―“経済学の見取り図”をつくろう』『フランス近代社会―1814~1852』は来週、六本木ABCで注文することにしよう。

 小田中先生の本を読んでいて共感できるのは、例えば丸山眞男の『日本の思想』を紹介したこんなところ。

《「無限包容性と思想的雑居性」、「タコツボ型」、あるいは「<である>論理」といったキャッチフレーズを多用して展開される丸山の所説は、それが日本人の考え方の根底に迫っていただけに、人々を驚愕させ、ひろく賛否をよんだ。ちなみにぼくはどうか、というと、なんだか自分にぴったりあてはまるような気がしてならないのだが、こう感じるのはひとりぼくだけだろうか》(p.144-145)

いいですね。文章の呼吸が。そして、ここに小田中先生の考え方の基本というか「とても大事なことだとぼくは思っていろいろ考えているんだけど、皆さんはどうでしょうか」という問いかけの姿勢が出ていると思います。いまどき人間が生きていく上で具体的に役立つものとして学問をするという、古典的な姿勢が良くでていると思う。そして、それが《余計なお世話以外のなにものでもない》(p.102)ようなパターナリズムを感じさせないところが、人徳というか、ポストモダンの世界を生きるひとりの研究者なんだろうな、と。そう単純には他者啓蒙なんてできないというか、果たしてそんなものが可能なのかと自問しながら、この本を書いている姿が思い浮べるというか、ご自身のホームページで教育学に関する本をやたら読んでいることなんかも思い出しながら読んでいました。

 結論として小田中先生は《ぼくは、他者啓蒙は必要だと判断している。総動員体制論が述べるのと異なって、ぼくは他者啓蒙は自動的かつ機械的に動員につながるものではないと判断している。換言すれば、大塚が唱道したような、他者啓蒙をくみこんだ個人主義は存在可能である、と思っている》(p.130)としながらも、この件については、これ以上、突っ込んでいないのは残念といえば残念。

 というか「民主主義は現実には民主化のプロセスとしてのみ存在」するという丸山眞男の引用文のように、小田中先生も他者啓蒙をくみこんだ個人主義はプロセスのみ存在している、と判断しているのかもしれません。

 あと、つまらないことをいい添えると、丸山眞男さんや大塚久雄さんが民衆だ階級、中産階層だというタームを使っているのは、がっくりくるほど「やっぱ古い」なと思うし、それは日本人のドル換算の一人当たりの所得がここまで高くなるとは誰も思わなかったからだろうな、と改めて現実の凄さを感じました。

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