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July 30, 2006

『美しい国へ』安倍晋三

Abe_shinzo

『美しい国へ』安倍晋三、文藝春秋

 総理を目指す政治家が、マニフェストというか、思うところを本にして出したのは、やっぱり田中角栄の『日本列島改造論』からでしょうか。田中元首相は、保守本流じゃないから、あえて思うところを早坂さんに書いてもらったのかもしれない。次は細川護熙元首相の『鄙(ひな)の論理』あたりか(というより、これは中央政界復帰宣言だけど)。さらに小沢一郎民主党党首の『日本改造計画』、武村正義元大蔵大臣の『小さくともキラリと光る国・日本』、羽田孜『羽田孜という男』などが思い浮かびますが、連立政権、自さ社などで揺れ動いていた時期に集中していたと思います。それなのに、ポスト小泉が確実視されている安部晋三官房長官が、総裁選を前に『美しい国へ』という本を出すということは、実はいまの日本の政治は揺れ動いている、ということなのかもしれません。

 内容はといえば「余はいかにして保守主義者となりしか」みたいな感じで、6歳の時、祖父である岸信介元首相の南平台にあった自宅におしかける60年安保のデモ隊に気付かれないように新聞社の社旗を立てたクルマで遊びにいったとか、高校生となった時に遭遇した70年安保闘争について「中身も吟味せずに、何かというと、革新とか反権力を叫ぶ人たちを、どこかうさんくさい気がした」(p.21)とするなど、子供の頃から保守思想に共感していたことを書き、歴代の政治家でもっとも決断力に富んでいたとしてチャーチルを絶賛します。ここらへんで、「イヤハヤ…単なる保守オタクやな」という感じにはなりますが、最低でも、この人物は1年程度は首相をやるかもしれないので、我慢して読み進めます。

 まあ、祖父が岸信介、大叔父が佐藤栄作、父に安倍晋太郎元外務大臣を持つという保守マニアにとっては、たまらない生まれなので、安倍晋三官房長官が保守オタクになるのもわからないではありませんが、ちょっと視野狭窄というか、あまりにも純粋培養されすぎて、革新ギライがすぎるような気もしないではありません。安倍晋太郎さんはプリンスメロンと呼ばれて、保守のプリンスだけど甘ちゃんでひ弱みたいなイメージだったんだけど、安倍晋三官房長官は「無菌室で水溶栽培されたプリンスメロン」みたいな感じかな。

 また、第三章に「ナショナリズムとはなにか」とわざわざ章立てをしてナショナリズムについて書いてるのですが、そのスタートは東京オリンピックで味わった高揚感だし、最近ではワールドカップでの盛り上がりというんですから、あまり深みは感じません。というより、深みを出そうとして、ラテン語のnatioに関して触れているのですが、ここはゴーストライターというかとりまきの人たちの底の浅さがでてしまっているんじゃないかな。問題の箇所はここ。

 《国家、すなわちネーションとは、ラテン語の「ナツィオ」が語源だ。中世のヨーロッパでは、あちこちからイタリアのボローニャにある大学に学生が集まってきた。大学の共通語はラテン語だが、同郷の仲間とつどうときは、自分たちの国の言語で話した。そして酒を酌み交わしたり、歌を歌ったりしながら、故郷をなつかしんだ。どこで生まれ、どこで育ったのか、同じ民族でその出自を確認しあうので。その会合を「ナツィオとよんだのである》(p.90-91)。

 まず、《国家、すなわちネーションとは、ラテン語の「ナツィオ」が語源だ》という文章がヒドイ…。なんで国民国家という普遍の概念を説明するのに、普遍的な言語であるラテン語をもってくるのはいいけど、それがいきなり英語の「ネーション」になってしまうのか。添削するとすれば《国家は英語でいえばネーション。その語源となるのはラテン語の「ナツィオ」だ》ぐらいでしょうか。しかし、ここはまだ「第二外国語は蒸発したんだな…ぐらいですむ問題ですが、次はさらにメチャクチャ。なんで、普遍的な国民国家を説明するのに、その語源にさかのぼらず、「ナツィオ」の応用篇みたいな話にもっていくのか。横から横に飛ぶだけという、いわゆる説明になってない文章。添削させてもらえば《自然的で文化的な共同体の枠組をラテン語ではナツィオというが、これは元々「生まれ」あるいは「おのずから生まれたもの」というような意味であり、例えば中世のヨーロッパでは…》というぐらいになりますでしょうか。

 漢籍に関する知識は触れられていないし、さりげなく盛り込まれている留学体験もアメリカということであれば、英語で蓄えた多少の知識がスタンダードだと"確信"しているのかもしれないけど、それって、ブッシュのように危うく浅い感じがする。日本人の政治家はかつて、漢籍に関する知識を持つことが常識で、彼の祖父や大叔父は論語を素読からたたき込まれたんですが、プリンスメロンのご子息はどうも中国嫌いのようで、古い歴史については「中国の専門家はだれもが中国と恋におちる」(p.153)と危険視しているのかもしれません。

 ぼくなんかは《国家、すなわちネーションとは、ラテン語の「ナツィオ」が語源だ》なんてこっ恥ずかしいことを書いたり、「おわりに」でディズレーリ(これも英国の保守政治家)の言葉を引用するよりも、漢籍にふれて信条をチラッとかいま見せてくれるような、彼の祖父や大叔父の方が好きですけどね。まあ、ないものねだりなのかもしれませんが。でも、取り巻きもその程度だと、情けないですな。

 「プチナショナリズム」という云い方が嫌いだとか書いていたのは驚いた(p.83)。これからも、この言葉をドンドン使っていき、視野狭窄な保守的な言動をからかってやろうと思う。やっぱり、人のイヤがる言葉というのは、その本質をついているんですよね。香山リカ偉い!

それと、米軍が世界の軍事予算の40%を使っているなんてのは知らなかったな。この知識には感謝ですww

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