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July 15, 2006

『心脳コントロール社会』小森陽一、ちくま新書

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『心脳コントロール社会』小森陽一、ちくま新書

 小田中先生の『日本の個人主義』の中で、フーコーの規律・訓練型権力や牧人型権力など"偏在する権力"に関する話から発展して、いまや《「情報の膨大な蓄積とその利用によるセキュリティ管理」(重田、二五二頁)をキーワードとする権力の形態が姿をあらわしつつある》というところが印象に残りました。ということで、重田園江『フーコーの穴』でも読もうかなと思いつつ本屋さんを探していたら見つけたのが、この『心脳コントロール社会』。ちょい見して買ったら、まあ正解。『心脳マーケティング 顧客の無意識を解き明かす Harvard Business School Press 』ジェラルド・ザルトマンの書評ともいえるかもしれないけど、個人的には新しい分野の知識を効率的に仕入れることができた、ということで満足しています。本はやっぱり安い。そして、次の本を読もうという気にさせる小田中先生の作風は本当に素晴らしいと改めて思います。

 ザルトマンは「消費者が無意識に持つ暗黙知を、意識的な知に転換するメタファーに焦点をあてた新しい調査法」によって記憶を呼び覚ます有効なキューを見つけ出し、多くの人々の特定の記憶を活性化して、ある特定の行動を行うように誘導することができる、と主張します。ザルトマンによると記憶には「意味記憶、エピソード記憶、手続き記憶」があり、わたしたちの記憶はそれらが複雑に交錯しながら構成されている、と。そして、普段は自発的に想起できないにもかかわらず、日々の思考や行動に強い影響を与える「潜在記憶」に働きかける「キュー」を探しだせれば、ある特定の行動に導くことができる、と。そしてマーケターは消費者を「ある枠」にはめ込むことで、消費者は他人に意味づけられフレーミングされていると気付かずに特定の行動をとるようになる、と。そして、重要なのは人間の記憶は、実は「物語そのもの」であることを意識し、大衆化された社会的集合記憶を通して個人の内的記憶に働きかけることは可能なのだ、と主張しています。

 この心脳マーケティングは経済の世界だけに用いられればいいのかもしれませんが、政治の世界でも有効性を持ち始めているのは危険だ、というのが小森さんの問題意識。具体的には「快」「不快」の二者択一を迫るフレーミングを設定し、普通の人々(1日のテレビ視聴時間が3時間以上の人たち)の7割ぐらいに自分でそれを選択させたと思い込ませ、あたかも直接民主主義に参加しているような錯覚を呼び覚ますことができるようになった、と。このことは、ブッシュの戦争政策や小泉劇場の郵政解散でも明らか、と小森さんは指摘します。

 ブッシュは9.11以降"War on Terror"という言葉を使ってアフガニスタンとイラクに侵攻します。本来、ネガティブな印象のある"War"という単語ですが、アメリカ国民にとって"War"とはハリウッドが大量生産した正義の味方のアメリカ兵がヨーロッパやアジアの国々では押さえつけることのできなかったドイツと日本を叩きのめしたという「快」を呼び起こす言葉だったというんです。例えば"War on Drug" War on AIDS"などガンやAIDSを撲滅しようという標語にも"War"という単語は使われ、人々を動員します。そして北朝鮮、イラン、イラクを「悪の枢軸」と呼ぶことで、第二次世界対戦の枢軸国を破った輝かしいアメリカというイメージを思い起こさせ、9.11のテロを"KAMIKAZE"になぞらえることによって、よりフレーミングをきかせ、世論を戦争へと導いていった、と。小泉郵政解散に関しては読んでください。

 小森さんの指摘でなるほどな、と思ったのは、今、日本ではやたら「テロ警戒中」「不審者や不審物に注意」という呼びかけが公共交通機関などで行われていること。ある日、小森さんが東京の自宅を出て大阪で講演して帰宅するまで何回、こうした呼びかけが行われていたかを数えたら100回を超えていたそうです。こうした、日々の呼びかけが人々の無意識に働きかけることで、今の北朝鮮に対する強硬な世論をつくっているのかもしれませんね。

 とにかく、「快」「不快」で二者択一させるということは、有権者を口唇期の子どものように扱うことにほかならず、ブッシュや小泉のような情報操作に対しては、せめて肛門期の子どものように「なぜなの?」「それをやって誰が得するの?」という意識を持ちましょうと啓蒙して終わるというのが予定調和的といえば予定調和的なんだけど、ま、ワンイシューの新書ならしょうがありません。

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Comments

おはようございます、小田中です。小森さんがこんな本を書いているとは知りませんでした。早速読んでみます。▼ちなみに重田園江『フーコーの穴』は、たしか3000円くらいと値が張りますが、とても面白かった記憶があります。▼「環境管理型権力」論としては、たとえば東浩紀「情報自由論」があったでしょうか…ウェブで全文公開されています。太っ腹!!  URLは
http://www.hajou.org/infoliberalism/
です。

Posted by: 小田中直樹 | July 15, 2006 at 12:08 PM

おお、わざわざお越しいただき光栄でございます!
重田園江『フーコーの穴』さっそく注文しました。
東浩紀さんのもさっそく読んでみます。
ご紹介ありがとうございました!

Posted by: pata | July 15, 2006 at 09:56 PM

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