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July 26, 2006

『「つながり」という危ない快楽』

Tsunagari_hayami

『「つながり」という危ない快楽―格差のドアが閉じていく』速水由紀子、筑摩書房

 六本木ABCの平積みでみて「うまいタイトルと腰巻だな」という印象があったんです。タイトルは見ての通りですが、腰巻きには《ミクシィ、2ちゃんねる、サッカー、ジャニーズ…「マイ・コミュニティ」にいれば幸せな人々の未来は?》とありました。うまい、とは思いつつも「これぐらいじゃ単行本は買わないよ」といったんはスルーしたのですが、mixiやネットでの知り合いの最近の書き込みをみて「ありゃ、意外とリアルな問題なのかな」と畏れをいだくようになり、ついに読んでみハメに。

 で、結論からいえば、『下流社会』『希望格差社会』『ご臨終メディア』などの書評みたいな本でした。ま、しゃくにさわるから読まなかったこうしたベストセラーのエッセンスを並べてくれるという本は意外とありがたいかもしれません。でも、不快感も残りました。以下は、それを中心に。

 リアルで驚いた発言というのが「mixiヒキコモリみたいな生活を反省している」みたいな書き込みと、「乾いたビンボー話」でした。非常につまらない話になるかもしれないのですが、グレトゥイゼンは『ブルジョワ精神の起源』法政大学出版局で、近代となってブルジョワはもはや貧乏人の神秘を畏れなくなった、と書いているんですね(p.225-)。中世まで貧者はずっと一生涯貧者のままであり、なぜ、そこから立ち上がれないのは「神秘」であった、というんですわ。でも、ブルジョワジーが勃興した後、いくら教会が「貧者はそれだけで天国に近く、金持ちはそうした貧者に施さなければ天国には行けない」と説いても、ブルジョワジーたちは「貧者は怠け者だからいつまでたっても貧しいのだ。ちっとも神秘じゃない」と考え、その考えに教会も圧倒されていった、みたいなことが書かれていたと思うんです(こんなこと書くと「知りもしないくせに」といわれそうだけど、イスラムの世界で、まだ施しの社会的義務が残っていたとすれば、誰でも制度上は金持ちになれる、ということが確立されていないからじゃないでしょうか)。

 で、さらにちょっとだけジャンプさせてもらうと、今や、もしかしたら、ネオ貧者たちは新たな神秘なのかもしれない、と。だって、働きゃイイもんを働かず、どっかの組織に属してある程度のマネージメントの支配を受容しなければならないのに、それを実現しそうにもない夢と引き替えに拒否して、加齢という時限爆弾を抱えながら生きていくわけですから。

 ちょっと、分かりづらい文章になってしまっているとは思うのですが、もう少し、リスクヘッジしないで書くと『下流社会』『希望格差社会』『ご臨終メディア』などの本を、これまでは「まあ、日本人は自虐趣味だから、こんな本が売れるんだろうな。自分の悪口書かれて喜ぶなんでバカじゃないの」なんて横目で見ながら別な本を探してこれたんだけど、もしかして、そうした本を買っているのが自分の身の回りから出ているのかもしれないし、本当にヤバクなっているんじゃないかな、と少し感じるようになってきたということなのかもしれません。

 宮台真司さんと事実婚していた速水由紀子さんは、共著である『終わりなき日常を生きろ』みたいなごった煮スタイルで、格差社会ニッポンをスケッチします。でも、最初に批判しておくと、そのスケッチは速水さんが批判する薄っぺらなメールでインタビューしちゃうような今のジャーナリズムと同じように、お手軽な印象はぬぐえません。例えば、最後の方で「純粋培養のエリート教育からは本物の人材は出ない」と批判している海陽学園に関しては、あまりにも通りいっぺんすぎるのではないでしょうか。現在、出資しているJR東海とトヨタは深刻な対立にあるといわれています。しかも、それはカネをどこまで出すか、みたいな低次元のものではないとも云われていて、果たして、正面きって日本のノブリス・オブリージェうんぬんと批判する対象としてもってくるにしても、もうちょっと取材するとか、別なやり方があってしかるべなんじゃないか、とか。

 でも、ま、前半はある程度読ませてくれましたし、後半も『下流社会』『希望格差社会』『ご臨終メディア』を読むほどヒマじゃないし、ある程度予想はつくけどサマライズしてくれればありがたいみたいな人間には役立ちます。

 ということで、明日、サッカーとmixiを含むネットという、ぼくが大好きで、比較的コミットしている世界に住む住人のことを、ここまで貶めて書いたくれた本はないということで、もう一回、内容を紹介したいと思います。曰く、共通のネタを語ることでネタへの欲望は共有するが、その内実は自分のことを何も語らないディスコミュニケーションで、コミニュニティとはいっても抜けるのも自由だからリスクはなく、祭りを消費することだけに飢えている無知で低所得な大衆、みたいな書き方。あるいはいつまでたっても着地点を探して不快を逃れてコミュニティを浮遊しているが、そこでの不快に出会うことだけは耐えられない人たち、みたいな悪口に反発しながら。

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Comments

何も半角まで再現しなくても…w

明日のエントリー楽しみにしてます。

Posted by: PINA | July 27, 2006 at 08:02 AM

あ、どーもww
実はインスタントすぎるコミュニティとして腰巻きにあげられている「ミクシィ、2ちゃんねる、サッカー、ジャニーズ」って、全部、個人的に好きなモンなんすよね。で、この人って、なんか愛情が足りない感じがするんですわ。その分、悪口の切れ味は鋭いんだけど、やっぱり見立てで終わってるみたいな感じでしょうか。
あと、敬愛する小田中先生も、『心脳コントロール社会』の後、なぜか、『下流社会』を授業に使う目的で読んでいることがわかり、やっぱり、そろそろ無視できない問題になってきたのかな、と思ったりして。

Posted by: pata | July 27, 2006 at 10:46 AM

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