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July 29, 2006

『「つながり」という危ない快楽』#2

 この本を手にとってみたのは前回も書きましたが、下流あるいは負け組などの言葉があまりにも聞かれるようになり、さらには『下流社会』『希望格差社会』『ご臨終メディア』『カーニバル化する社会』『這い上がれない未来』『ロウアーミドルの衝撃』などの本のうちいくつかががベストセラーとなる風潮に「なんだかな」と思いっていたからです。で、そう思いつつも無視してきたんですが、どうも、振り切れないかもしれないと感じたんで読みでみよう、と。そして『下流社会』『希望格差社会』『ご臨終メディア』みたいな本は読みたくはないけど、どんなことが書かれているのか、サクッと紹介してくれればありがたいみたいなニーズにピッタリだったからです。

 ということで、速水さんは「第1章 団塊ジュニア・社会を5分割するコミュニティのヒエラルキー」で今の日本の社会は以下の5つのコミュニティで構成され、それぞれが固定化しはじめている、というんです。

a)米国留学でMBAを取得した人たちなどが集まる「グローバル・コミュニティ」 価値観は拡張、拡大
b)mixiの参加者、サッカーサポーターなどの「ロカール・コミュニティ」 価値観はつながり
c)「オタク・コミュニティ」 価値観は萌え
d)ひきこもりなどの「脱コミュニティ」 価値観は自我の保管
e)外国人労働者などで構成される「非コミュニティ」 価値観は生存

 もちろん、社会学的にも検証不可能な推論なのでしょうが、速水さんが云いたいのは学生時代には反権力のスタンスをとりながら、経済ではバブルを享受した団塊世代の親たちに育てられた団塊ジュニアたちが、こうしたダブルバインド(?)に反発し《リアル社会に顔を背け、自分たちがより抵抗なくコミットできるネットやサッカー、オタクなどのマイ・コミュニティに帰属感見出して生きるように》なり、宗教・理念的支えを持たない日本では《経済的「勝者・敗者」という価値観の二項対立へ限りなく追いつめられていく。これは格差という現象より、はるかに深刻な問題だ》(pp.14-15)ということです。

 ここでも「宗教・理念的支えを持たない日本では」なんて検証されにくい事実を前提にしてしまっているのもなんなんですが、まあ、読ませるのは、この人「悪口」が旨いからなんですわ。よくいるじゃないですか、弱者を大切に、なんて云いながら、その対象を実は一番コキおろしているのはアンタじゃないと思えるような人。そんな感じなんです。

 で、最も核心となる「ロカール・コミュニティ」の分析ですが、速水さんによると、この層の構成員は「グローバル・コミュニティ」の人々が構築したシステムをコミニュケーションの支柱としているといいます。つまり、自立していない、と。特にSNSは《気心の知れたサークルの仲間的ネットワークが多く、荒しや誹謗中傷といった「不快」を避けられる。が、その一方、その「心地よさ」は、かなのクローズドなものにだからこそ守られるのも確かだ》(p.29)と冷ややかに分析。さらに、「グローバル・コミュニティ」の人々は《広報機関あるいはコンセンサスの発表の場として開設るかのが主目的で、「つながり」やコミニュケーションが主目的ではない》(p.28)としています。

 どうでもいいけどダブルバインド、コンセンサスの意味違うんじゃないのと思いますが、まあ、それはさておいても、これだけ冷水をぶっかけることの旨い人も珍しいんじゃないかと、この時点で感心しました

また、サッカーに関しては《「自分たちが支えている」という意識を持つことが可能だった希有なスポーツ》であり、そうした幻想を与えることによって構築され、サポーターとして動員されている、みたいなことを書くわけです。サッカーのサポーターが「ロカール・コミュニティ」に属している証拠は、かれらサポが最も盛り上がれるのはサッカーのワールドカップが開催されたりテレビ中継されたり、「グローバル・コミュニティ」であるマスメディの住人が与えるシステムを支柱としているからだ、みたいな。

 かなり一方的な分析ですが、我慢して読んでいくとなぜか鈴木謙介による《日本の場合は、物理的に閉ざし自分たちだけでコミニュティを作るという地理的な状況が作りにくい。だから、たとえばIT技術を使いながら監視社会化を強めていくような形をとるのではないか》(p.82)《「下流のヤツらはツタヤのDVDでいいんだろう」ではなくて、ツタヤのDVDしかない状況というのがその原因にあるはずだと考えなければならない》(p.121)なんて面白い予想も読める。

 あと、面白い悪口だな、と感じたのは《「俺は下流だから」と何のコンプレックスもなく言えるのは、実は自分たちが資産に支えられた贅沢品だと、心の底で認識しているからだろう》(p.105)みたいなところと、団塊の世代について《彼らは成人した子供に金を渡すことにやましさを感じない初の世代》(p.115)というあたりも、その指摘自体は間違っていると思うけど、切れ味はあるな、と。同じく団塊世代に対する《人数が多く競争が激しいから、「順位」「序列」が好きで、結局はそれをずっと引きずっている》(p.149)なんてあたりを読むと、速水さんは単なる団塊世代嫌いなだけじゃないの、とも思えてくる。

 でも《2ちゃんねるで番組を実況しながら悪口を書きこむユーザーは、実は今のテレビ界を支えている、一番コアなテレビ視聴者なのである》(p.139)なんてあたりは、小泉劇場への動員がうまくいったことの背景説明にはなっていると思う。

 でも、『下流社会』の中で、いくら著者に「トラウマ系バツイチ子連れジャーナリスト」と書かれたからといって、トンデモ本とコキおろすのはいかがなものか、とww

目次

第1章 団塊ジュニア・社会を5分割するコミュニティのヒエラルキー(どのコミュニティに属するかで人生が決まる
僕たちは一体いつになったら、大人になれるのか)
第2章 非社会的団塊ジュニアを社会化する方法―オタク&非コミュニティ(オタクを社会化する方法
コミュニティからの脱落者をサルベージできるのか)
第3章 本当は階層化が大好き!!な日本人(グローバル・コミュニティが目指すもの
小泉政権が生み出したもの ほか)
第4章 マスコミのためのシステム改革講座(本当に必要なことを伝えないためのメディア
「日本列島総ベタ化」の仕掛け人?テレビはどうなってしまったのか)
第5章 団塊ジュニアが『DEATH NOTE』の「L」的エリートとなるために必要な覚醒術(真のエリートとは何か?
サブカルチャーで待望される強いエリートより、弱いエリートを目指せ)

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