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June 11, 2006

ビドゥカの大阪ホームステイ

 もうね、ドイツ大会は本当に盛り上がっていますね。86年大会以来の素晴らしい大会になりそうです。ということで、いくつか吐き出したいことを書きます。

 ビドゥカ。日本代表の初戦となるオースラリアのエースストライカーです。個人的にはプレミアのリーズ・ユナイテッドで活躍していたバッド・ボーイズとしての印象が強いのですが、今年もミドルスブラをUEFAカップ決勝までGKマーク・シュワルツァーとともに導きました。

 彼は豪州のクロアチア移民の二世。

 彼の父は17歳の時に社会主義政権に追われてメルボルンに亡命して、「スラボニア出身の妻との間に彼が生まれた。だからファースネームは正確には英語名のマークではなくマルコだ」(『悪者見参』木村元彦、集英社、2000年、p.118)。

 ビドゥカは日本にホームステイしたことがあるらしいんですね。『悪者見参』でも「日本には良い印象しかないんだ。実は12歳の時に大阪にホームステイしていたことがある。人間がすごく親切で正直で嬉しかったね」と語っている。彼はサッカー世界少年大会にメルボルン選抜の一員として来日、三位の成績を残している。

 ビドゥカはメルボルン・ナイツというチームに所属していたという。これはクロアチア人のためのクラブ。《ブラジルのパルメイラスがイタリア移民によって作られたのと童謡に、オーストラリアのシドニー・ユナイテッドやメルボルン・ナイツは、クロアチア移民で構成されている》という。

 ビドゥカはレアル・マドリーやACミランなどのオファーを断ってディナモ・ザグレブでプレーしていたこともあった。それは、クロアチアが独立した時の大統領、ツジマンに直接、誘われから、とのたこと。「私はオーストラリアでツジマン大統領を観て感激したものです。彼こそがクロアチア民族の救世主だと確信したのです」と語っている。

 今となっては、クロアチア独立のキッカケとなったディナモ・ザクレブvsレッドスターのマクシミル・スタジアムでの出来事は、クロアチア側から仕掛けたものという見方も出てきている。以前、ここでも『悪者見参』の書評で書いたが《日本でも流されたVTRでは、ボバンがピッチに降りったクロアチアのサポーターを追いかけ回すセルビア人警官に対し、彼らを守るために跳び蹴りをくらわせた、という物語になっているが、実は違うという。この試合の3日前に行われた選挙で独立派のツジマン大統領の率いるHDZが大勝、そのままのいきおいでセルビア人の象徴ともいえるレッドスターをホームに迎え撃つクロアチア側が、相手サポーターに対して投石などで攻撃し、たまらずレッドスターのサポたちがピッチに逃げたところを、追いかけ回し、警察はそれを止めに入ったのだ、という。ボバンは、その警官に跳び蹴りを喰らわせたわけで、彼はこの一件で90年のイタリア大会を棒に振るわけだが、ドイツやイタリアの新聞は逆にヒーロー扱い。やがてクロアチア独立に向かっていくことになる。当時ベオグラードにいた、大羽圭介・クロアチア大使は「セルビアの外交下手を象徴するような事件」としているが、まさにそんな見方もできるのだろう(p.25)。この大羽さんは、どこかで「マクシミル暴動を独立の1里塚と賛美する限り、クロアチアの民主化は遠い」とまで書いていたと思うのだが、とりあえず、日本外交官の言葉としては思い切ったものだし、重いものだと思う》

 とにかく、そうした思いをもつビドゥカが日本代表に立ち向かう。ユーゴスラビアがモンテネグロの独立によって、最終的に解体されることが決まったドイツ大会で。しかも、リーグ最終戦でビドゥカは父の祖国、クロアチアと決勝トーナメント出場をかけて戦うことになる。

 それにしても、日本にホームステイした、というサッカー選手が、こうした嬉しい記憶を持ってくれるのは本当に素晴らしいことだ。

 例えばブラジルのカカ。少年時代の彼のなんと愛らしいことか。

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