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May 04, 2006

『法哲学講義』読書日記#6

 「第三章 不法」はA.無邪気な不法、B.詐欺、C.強制と犯罪で構成されています。

 ヘーゲル節といいましょうか、正反合のカタチにこだわるというか、所有者である"わたし"が不法や他人の意志と対立することによって《法がくずれさるかに見えるのは、表面上のことで、法は、おのれの否定をさらに否定して再建される。否定を経て自分へと還ってくる、というこの媒介の過程を通じて、かつては潜在的で素朴さを残していた法が、現実的で広く承認されるものとなる》過程こそが重要なのだ、ということなんでしょうね。

[A.無邪気な不法] ある人が何かを所有しているということは、他人の承認を得ることによって成立している状態なのですが、その人以外の他人もまた所有を主張するかもしれないので、その根拠はまだ特殊で錯綜しており、衝突が生じる可能性というのは、常に残されています。しかし、これは民法上の争いに属するもので、権利の正当な行使をめざすものだから、《この争いに罰はありません》というあたりは、法律なんかマトモに勉強していなかったから、目ウロコものでしたね。

 そもそも、ぼくは法律なんか勉強しようとも思いませんでした。橋爪大三郎さんは『人間にとって法とは何か』PHP新書で、マルクス流の「法律は、階級闘争を隠蔽しているのであり、資本家とその代表者である国家が、資本家に都合のよいように発した命令で」あるという考え方に触れたら「法律を一生懸命研究しようとか、よりよい法律をつくろうとか、法律の正義とはなんだろうかと哲学的に考えるとか、そういうことはバカバカしくってやってられません」と書いていて、まさにそうだったわな、と思ったことを思い出します(p.33)。今の中共は愛国主義的一国社会主義ながら資本主義の制度も取り入れるというゴシック的な政権運営を危なっかしく繰り広げていますが、銃口から政権が生まれるという考え方を受け継いでいる以上、朝令暮改といわれる法律の整備というソフト的なインフラは、いつまでたっても改まらないかもしれませんね。

[B.詐欺] ここは読ませます。まず、法律とは見せかけのものであるという考え方は、そもそも、法律は見せかけなんだから正しい、というところから議論は始まります。《法(正義)は実際はまず見せかけの法(正義)にすぎず、潜在的な法(正義)です》《見せかけであることが法(正義)の当然のすがたなのです》とまで語ります。

 ではなぜ、詐欺について語られねばならないかというと、詐欺とは《法そのものは見せかけにすぎ、特殊な法だけでなく、抽象的・一般的な法もみせかけです。こうして、特殊な意志が見せかけの意志におとしめられることにもなり、それが契約の場にあらわれると、ただ意志の一致という外形だけをととのえればいいことになって、それが詐欺です》ということだから。不法と詐欺とは違う、というわけです。

 犯罪は法を犯す意志を持ち、他人にもわかるようにそれを実行し、他人も不法性を自覚するのに対して、詐欺では相手が不法を自覚するところまでは行かず、相手は法の見せかけを信じているところが違う、と。逆にいえば、法が現実的で広く承認されるものとなるためには、まず見せかけの克服が要求されるのだ、ということでしょうか。

[C.強制と犯罪] 詐欺と違って、不法とは、法(権利)そのものが侵害される状態だとヘーゲルは定義します。《生きる意志をもつわたしは、外界の物を所有しようとするが、そのとき、わたしの意志は物のうちに現存する意志となります。所有物が外界にあることが、そのありかたからして、わたしに暴力が加えられる可能性をうみだし、こうして、わたしは暴力を受け、物が物理的な暴力でもってわたしから奪いさられる》ことは必然の過程だというわけです。こうした強制は《わたしの意志という観念的な場を迂回》しても加えられます。

 こうした強制を受けたくないという場合には《命さえも放棄》することによって、意志を守ることは可能です。ヘーゲルはローマ軍に降伏することを拒否して破壊されたヌマンティアの住民の例をひきながら《特殊な生きかたを守り、それを維持しつづけようとすれば、なんらかの強制を受け入れざるをえませんが》と語ります。ここらへんの冷たさは印象的。

 では、どうやって、不法は克服したらいいのでしょうか?それは教育。しかし、そう単純なものではない。《自然が人間の本分にたいしてふるう暴力を克服するのが、もうう一つの暴力-教育の強制-です》と語ります。教育は暴力なんだと。『哲学史講義』でも、たしかヘーゲルは子どもなんかにはビシビシと厳しい教育を施すべし、と書いてあって「なんかねぇ」と思ったのですが。

ここは長いし、ちょっと面白い議論が続くので、いったん、ブレイク。

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