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May 28, 2006

『法哲学講義』読書日記#21

[C.社会政策と職能集団][(b)職能集団] もうすぐ最終の三章となります。長い間、読んできたもんですよね。『法哲学』は三部が三章に分かれていて、その章もABC、さらにはabcと分かれるのですが、ここのとろだけは[(a)社会政策]と[(b)職能集団] とふたつにしか分かれていない。三段論法好きなヘーゲルにしては珍しいところですかね。

 ここでヘーゲルが云いたいことは、わりと感動的というか、人間はやりたいことをやるのが一番いいことではなく、生計を立てて生きていくことが大切なのであり、仕事を一緒にやる人たちが集まって集団をつくり、共同の利益を追求することは、特殊な利益を追求するにせよ、自分の所属する≪共同体のために働きたいという精神の欲求に、活動の場を与え≫ることになり、国家の土台となる、という、まあ、面白みのないことを語るわけです。

 職能集団とは商工業者の同業組合としてイメージされますが、地域共同体なども含まれる、とヘーゲルは語ります。それは個人と国家という対立する関係の中間項として、両者を媒介するものでもある、みたいな見立てはいかにもヘーゲルっぽい論理の組み立てですね。でも、ちょっと人工的すぎる感じもしますね。

 ≪人間は、わが身を振りかえれば利己的なものだが、そこにとどまらず、全体のために活動しようと思っていて、たんなる利己的な市民(ブルジョワ)ではなく、その洞察力や意志を通じて共同の利益を追求しようともしています≫というのは、まあ、そうなんでしょうね。で、先ほどもとりあげた≪中間に地域共同体ないし職能集団があると、共同体のために働きたいという精神の欲求に、活動の場を与えられます≫ということになる。そういった集団は≪第二の家族のようなものだが、その家族が、個々人や個々人の特殊な欲求から離れた、一般的な(共同の)市民にたいし、どういう位置に立つのかは、あいまいなままである≫にせよ。ヘーゲルはこうした集団の構成員は自分の階層に誇りをもつ、とも語ります。

 あと、ヘーゲルは遠くをみつめているな、と思うところは、次のようなところ。ヘーゲルは自由経済が進むと

 ≪人間が軽はずみになり、瞬間的な満足のみを求めるようになる≫(p.495)

 と語ります。

 また≪結婚の神聖さと職能集団のもつ誇りは、市民社会の解体をつなぎとめる二つの軸である≫≪市民社会は、すべての貧困な家長や、破産した家長、および、数多くの賤民を扶養する義務があって、さもないと社会が危険にさらされます≫というあたりも、感動的でしょうか。

 そして、最終章「国家」がはじまります。

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