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May 22, 2006

『法哲学講義』読書日記#18

[第三部 共同体の倫理][第二章 市民社会][B.司法活動][(a)法律となった法(正義)] 《いうまでもなく、法のはじまりは慣習法です》とヘーゲルははじめます。慣習法にはどんな問題があるのか。それは《人間は最悪のものをも慣習として受けいれるので、奴隷制度や農奴制を慣習することも可能》なことだ、と。こうした慣習法を基礎としているのはイギリス。ラント法は判例集みたいなものです。判例集は《つねに空白の部分があり、なかにからなにまで判決をくだす際に、多少の変更がなされるのは当然》といったあたりにも問題も抱えています。

 《法(正義)は、その本質からして、表現されなければなりません》。そう、法典にまとめられなければならないのです。《法律は法(正義)を表現するもの、法(正義)を目に見える形で実現したもの》というわけです。

 そして、法(正義)には単に正式な手続きで立法されたから法(正義)になるものと、理性でとらえられるものという二つのカテゴリーがあり、当然、最後は理性的であるかどうかが問われねばなりません、という議論に進みます。ヘーゲル先生はここでも極端な例を持ってきますが、まあ、学生たちにはわかりやすかったでしょうね。それは中国の話。専制的な規定の例として、中国では第一夫人は他の夫人よりも愛されなければならず、それを怠った夫は鞭打ち100回の刑を受けるという国法があることを紹介しています。これは理性的じゃないよね、と。少し教室の緊張がなごんだんじゃないか、なんてことも想像しちゃいます。

 しかし、法律にはそもそも《気まぐれや思いつきの決定》がなされることがある、とも語ります。だから、完璧な法典は求めるべきではない、とさえ語るのです。この後の[(b)法律の現実性]では、見事に、ここらへんのことをヘーゲル的に語っている場面があります。曰く《無限の追加規定が必要となる》のは《有限なものにつきまとう矛盾である》と(p.426)。そして《法典が完全なものでありえないからといって、「なんじ殺すなかれ」という戒めを立てないとすれば、その愚かしさは一目瞭然です》《「善の最大の敵は最善を求めること」というフランスの諺は、屁理屈やくだらぬ反省をはじきとばす、健全な常識の言である》、と(p.427)。

[B.司法活動][(b)法律の現実性] 法律の専門家だけが法(正義)を知っていればよく、法典などは必要ないという論法は、ヘーゲルが最も嫌うもののひとつのようで《靴が足に合うかどうかを知るのに、靴屋になる必要がないのと同様、みんなの関心を呼ぶ対象について知るために、専門家になる必要はありません》と激しく批判し、《だれでも読める法典がないのは、最高の不正義です》とまで語ります。法律は外国語で書かれてはならず(当時でも、手っ取り早くローマ法を導入したりするケースがあったようです)、共同体全員がわかるようにしなければならない、と。なぜなら《現実にある、ということは、一般的な(共同の)形式をもち、広く受けいれられている、ということで》、例えば抵当登記簿によって売買の成立に公的な権威が与えられることによって《わたしの所有は共同体の受けいれるところになる》のですから。

 また、《人びとが堅実に生きているかぎり、悪は受けいれられることはなく、犯罪者の意志のうちに場を占める》だけであり、罪の存在は《共同体を生きる自由において-その所有物、財産、肉体的存在において-とらえられなけれねば》ならない、というあたりはちょっと感動。悔い改めないような死刑囚に聖職者がつきそうのは、個人的には「なんか無駄なんじゃないか…」と思うのですが、それは違うとヘーゲル先生は原則的に語ります。それは《悪しき意志を解体しようとする》ためだ、と(p.431)。《精神的に自由な人間は、すべてを否定できるから、悪を捨てることも、善から悪へ移ることも可能です》(p.433)。大切なのは《起こったことの外形ではなく、意志のうちで、意志にもとづいて起こったことは、精神がその内面において克服できるということです》、と。

 ヘーゲル先生の言葉は暖かいけど厳しい。精神において克服すればいいからといって《普遍的な人間性だとか、寛大さだとかいった、正義にくらべると脆弱さの目につく観念に足をすくわれてはならず、正義の観点を心に銘記し、刑罰そものもを解体することのないよう心しなければなりません》(p.434)というのが[(b)法律の現実性]の締めの言葉なのですから。

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