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May 13, 2006

『法哲学講義』読書日記#13

 ヘーゲルはもちろんドイツが誇る哲学者。ちゃんとワールドカップモードにもつながっていますww

 さて、[第三部 共同体の倫理]も[第二章 市民社会]に入りました。改めて第三部の構成を確認しますと家族、市民社会、国家となります。その市民社会の分析は[A.欲求の体系][B.司法活動][C.社会政策と機能集団]と進んでいきます。

 超ざっくり語れば、社会はいまや様々な欲求が存在し、個人は極端な欲求も実現できる自由を得る段階にきた、と。そうした主観の自由を原理とする社会は私有財産の存在が不可欠であり、こうした「欲求の体系」がネツトワーク化されたのが市民社会ではないか、と。そして、そうした「欲求の体系」は、司法機構による所有物の保護によって共同性が保たれ、それを担保するためには社会政策(警察権力)と職能集団が必要だ、と。そして、職能集団は特殊な利益を代表するものだが、特殊な真理は一般的な真理に向かっていくわけで、市民社会は国家へと向かう、ということで[第三章 国家]につながります。

 いろいろ、見所がある章なのですが、家族の章では女性蔑視の発言が目立ったように、市民社会の章では、農民やヨーロッパ以外の社会体制、異民族(ユダヤ人とか…)に対する誹謗中傷が素晴らしい切れ味というかナタでドサッとぶった切るような衝撃で語られます。ここらへんの悪口の重い切れ味は、しっかりとマルクスなんかは受け継いでいますね。

 ま、それはおいといて、ヘーゲル先生は「市民」に当たるフランス語にはbourgeios(有産者)とcitoyen(公民)があるが、ここで分析の対象とするのはブルジョワである、とハッキリと語ります。

 §182と§183はそうした社会をこうスケッチします。《具体的な人格が、みずから特殊な目的をかかげ、欲求の全体を満たそうとし、自然の必然性とわがままをかかえこんだ日々を生きるとき、そうした個人の存在が市民社会の一方の原理である》が、《利己的な目的を実現するには、そのように共同性(一般性)に媒介されねばならないから、そこに全面的な相互依存の体系ができあが》るのだ、と。ヘーゲル洗礼の典型的な論理ですね。あることを実現するためには媒介が不可欠だ、というのは。そして理性的な自由(本質的かつ絶対的自由)と特殊な主観は共同体の倫理のうちで統一されている、と。

 しかし、こうした市民社会は《欲求の対立とからみあいのなかで、過剰および貧困の舞台と化し、両者に共通の、肉体的・精神的な頽廃の光景を示すことになる》とも語ります。市民社会はどんな欲求も満たされる可能性があるし、さらにいえば満足はそれで十分というものではないからです(まあ、ヘーゲル原理主義的にいえば、特殊な欲求だから普遍的=一般的な満足は得られない、ということなんでしょうかね)。

 貧困のすさまじさはルソーなどの著作家の叙述するとおりだとしながらも、ヘーゲルは《多様な欲求の存在しない状態へ-北アメリカの未開人の住むような、貧困や不幸とは無縁の自然状態へ-復帰するのが、もっと好ましい》という論議は切って捨てます。同時に、プラトンが『国家』のなかで構想した特殊性の原理を排除し、主観的な特殊的利害を追放した国家に関しても《ギリシャ人の社会理念は特殊な利害をも承認するほどの深みには達せず、特殊な欲求が自由に発揮されながら、しかもつねに共同性が保たれるような状態を想定はできなかった》と語ります。プラトンの『国家』は面白いというか、古典中の古典なので、もし読んでおらない方がいましたら、ぼくなんかが云うのもなんですが一読をお勧めします。もっとも、子どもを国家の手で集中的に訓練して育てるなんてことが語られているわけですがww。

 《自立した、無限の深さをもつ個人の人格-主観の自由-という原理は、内面的にはキリスト教において、外面的には法の抽象的一般性と結合しつつローマ世界において、登場してくる》のだそうですが、こうした御言葉ひとつひとつにTV評論家的な反発をしてもはじまりません。そこでは個人が《みずからを点としてしてゆるぎなく確立し、しかも、理念の力によって、その個人と共同体とのつながりが、無意識にもせよ、保たれるのです》。

 ヘーゲル先生はイギリスをベタ褒めします。《イギリス人は国家に強い愛着を持ち、大衆はつねに省庁に協力し、反対勢力はごく小さく、特定の階級に限られ、それも、普通は個人を攻撃するだけで、全体として政府は指示されいます》。こうした国家が価値源泉であるとする感情は《個人の存在と満足が、国家の存続を前提にしてはじめて可能だ》という考え方をふくみ、強力だ、と。まあ、アングロ・サクソンは戦争に強いですからねぇ。

 《教養人とは全体のことを考える人です》なんてことを語ったあと、いよいよ、[A.欲求の体系][B.司法活動][C.社会政策と機能集団]の分析に進んでいきます。

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