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April 03, 2006

『ロゴス・エートス・パトス』

『ロゴス・エートス・パトス 使徒言行録の演説の研究』原口尚彰、新教出版社

 基本的につまらなかった本は紹介しないことにしているのだが、あまりにもアタマにきたので、例外的に書かせてもらう。

 まず、研究書ならテキストの書名をキチンとしてもらいたい。もちろん新約の文書に元々、書名などはなく、特に使徒行伝は第三福音書(ルカ)と一体となっていたものであるので、後世の写字生なんかが便宜的につけたものだが、便宜的にせよ、その書名はπραξειs αποστοιωνだ。πραξειsには"行い"という意味はあるが、言説などの意味はない。ということで、新共同訳の"使徒言行録"という訳は最低最悪な表題なのだが、それはそれとして、少しは有難みを醸し出してオフセをもらわなければならない事情があるにせよ、仮にも研究書であるならば、なぜ"使徒言行録"を使うのか、まったくわからない。

 この時点でイヤーな予感はしていたのだが、先行研究の紹介が雑駁すぎる。"The Acts of Apostles, A Socio-Rhetorical Commentary" Witherington, 1998を「使徒言行録中の演説の修辞学的研究を大きく進めるものではない」としているが、この本はどちらかというと、社会学的研究が中心であって、修辞学的研究は従なので、それは当たり前。Witheringtonも含めてたった8頁でダイジェストできるものではないし、そのダイジェストの仕方も感心しなかったが、さらに「修辞学的研究の課題」について語っているところを読むと、結局、アリストテレスの『弁論術』に寄りかかっているだけなんじゃないかという不安が高まり、個々のペリコーペの分析に入ると、それが的中する。

 頁をかせぐためなのか、短い分析の割には日本語訳をご丁寧にもゴチックでながなが載せているのも不愉快だし、その分析自体も、古典的な修辞学の分類法によって、行伝中の演説を整理してみました、という域を出ていない。

 「いったい何がいいたいんだ」とずっと思って、演説ごとの退屈な論議につきあって結語まできても、なんも伝わってこない。正直、修論レベルでも、もっと内発的なものを感じさせてくれる論文があるんじゃないだろうか。

 研究書は高いもので、ある程度は仕方ないかもしれないが、この4700円は捨てたも同然だと思った。正直、なんも得るところがなかった。

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