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March 25, 2006

『哲学者廣松渉の告白的回想録』

hiromatsu_reminiscence

『哲学者廣松渉の告白的回想録』廣松渉、小林敏明、河出書房新社

廣松渉さんというと、ドイデの翻訳とヘーゲルからマルクスぐらいしかちゃんと読んだことはなかったので、今回、回想録を読んで、これほど大衆運動というか農村部での小作争議から50年代の日共の学生運動、60年代から70年代初期にかけての新左翼運動に深くコミットしていたとは知らなかった。なにせ、小学校6年生の時に『共産党宣言』を読んでインパクトを受けたというのだから早熟すぎ(ぼくは中学三年の頃だった)。

 そんな驚きの連続だったのだが、まず最初に驚かされるたのが廣松さんは九州の柳川市で育ったということもあって「ドスなんていつだって持ってるさ」「丸腰で歩くなんて、そんなみっともないことするけえ」「男一匹ひとたび門を出れば七人の敵ありだから、そりゃあ身に寸鉄も帯びずにいるなんて」状態でケンカにあけくれていたというあたり(p.29)。

もう、なんともうましょうか「するけえ」なわけですから、素晴らしい。

 ここでは、匕首が九寸五分なのは、刀狩りで長い刀は取り上げられたけど、一尺以内のものを取り上げるのは不可能だったからではないかという推論までぶってくれる。また、匕首は「そりゃ、巻き上げるのさ」ということで手に入れたという(p.31)。九州出身者で大企業の社長会長をやってた人なんかの武勇伝を聞くと、終戦直後の中学高校のケンカでは拳銃まで持ち出されたというぐらいだったから、さもありなんとは思うけど。いやー、九州男児はすごい。

 廣松渉さんは柳川伝習館高校に入学するが、17歳の時に朝鮮戦争とレッド・パージ反対のビラをまいて退学処分となっている。すでに16歳の時に例外的な若さで共産党に入党し、国際派として活躍していたというのだから素晴らしいというか恐ろしい。

 後は朝鮮戦争の頃の話で50年にレッドパージが行われて共産党幹部が追放され、戦争が始まった後は「中共軍が鴨緑江渡って入ったのは五〇年の十一月じゃないかと思うんだけど、情報がどこまで正確かと言われるとわからないけど、僕が組織で聞いていたのは十一月に沖縄爆撃が行われて、そして全面戦争だと」「要するに全面戦争だからゲリラ戦を、まあとても勝てるようなものじゃなくても、とにかく少しでも何かやらなくっちゃいけないということですよね」(p.97)というあたりも面白かった。ロンドンでは四隻ほど輸送船が轟沈しているとか、九州でも軍事倉庫が焼けた事件とか、落下傘部隊が飛び降りたらパラシュートが針金でくくられていて全滅したなどの話も初めて聞いた。

 当時、米軍は相当、戦況が悪く、釜山から追い落とされる可能性もあって、そうしたら九州で蜂起して、臨時革命政府宣言をやって、「同志スターリンの軍隊の介入を要請する」というプランが「国際派が正式に決めたものじゃない」にせよ暖められていたという(p.99)。

 ここでも、別のお偉いさんから聞いた話で、その人は外語大のインド語学科に共産党の指示で入学したというのだが、その理由というのは「日本で権力奪取したら、後はインドをやっちまえば世界革命がほぼ完成する」なんていう仰天だけど気宇壮大なプランを持っていたらしいからだという。まあ、そんなことを考えるような雰囲気は確かにあったらしい。廣松さんも書いているように大笑いみたいな話に聞えるかもしれないけど。

 朝鮮戦争に関しては、いろいろ面白い見方を披露していて、地雷原が突破されたのは、南が攻めるために地雷を一度撤去していて、そこを逆につかれたとか、ソ連の国連代表のマリクがボイコットしていた時に国連軍が発動されたのだから、絶対、米軍から仕掛けたみたいなことを言っている。

 廣松さんは高校を退学させられていたので、大検から東大に入ったというのは初めて聞いたし、最初は理1目指していたなんていう話もビックリした。

 あと、廣松渉さん共産党時代にリンチを受けたことがあるのと、新左翼時代にはテロで襲われていたというのも初めて知った。

 個人的に勇気づけられたのはヘーゲルの『小論理学』『大論理学』『法哲学』などは「要するに、何も分からないけれども、ただ一生懸命読んだ(笑)」というあたり。聞き手の小林敏明さんも「そういう話聞くと安心するな」と語っているけど、本当にヘーゲルに関しては長谷川宏訳が出るまでは、誰もわかっちゃいなかったんじゃないか、みたいなのを改めて感じた(p.125)。

第1章 激動と移動の幼少期(出生幼児期の想い出 ほか)
第2章 早熟のコミュニスト(柳川伝習館と共産党学外活動と税金闘争 ほか)
第3章 学生運動と困窮の時代(破防法闘争と国際派全学連リンチ事件 ほか)
第4章 政統と異端の間で(六全協前後復党 ほか)
第5章 ニュー・レフトの理論家として(六〇年安保闘争前後『ドイツ・イデオロギー』編纂とマッハ翻訳 ほか)

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