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March 05, 2006

『神の子どもたちはみな踊る』

after_the_quake_stories

『神の子どもたちはみな踊る』村上春樹、新潮文庫

 阪神・淡路大震災は確かに、大きな分水嶺になった出来事だったと思う。もう二度とあの前には戻れないし、個人的にもあの前のような心持ちでは過ごせないと思わせる。それだけ大きな喪失感があったと思うし、直後の地下鉄サリン事件で、日本社会に対する絶対的な信頼感は確実に喪失されてしまったような気がする。

 「新潮」雑誌連載時には『地震のあとで』という連作で5作品が発表され、その後、単行本となった時に1篇が加えられた6作品による短編集。『翻訳教室』柴田元幸を読んで"Super-Flog Saves Tokyo"で初めて『カエルくん、東京を救う』の冒頭部分を読み、すぐに文庫本を求めて読み出した。

 すべての作品が阪神・淡路大震災を直接には描いていない。かなり遠巻きにしている人たちが、しかし、その影響を受けて、自分を見つめ直すという話になっている。

 『UFOが釧路に降りる』は阪神大震災妻のテレビ報道ばかりを観ていた妻に「あなたの中には私に与えるべきものが何ひとつない」と云われて出て行かれたオーディオ・ショップの店員が釧路に小旅行する話。『アイロンのある風景』では家出して鹿島灘にやってきてなんとなく大学生と同棲している高校生が、同じようになぜか鹿島に流れついた画家と「私ってからっぽなんだよ」とたき火をしながら話をする。『神の子どもたちはみな踊る』は、母親の新興宗教の布教に子ども頃からつきあわされていた編集者が、地下鉄で初めて出会ったそこの"神"かもしれない耳のちぎれた実父を尾行するうちに人気のないグラウンドにたどり着く話。『タイランド』は成功した甲状腺専門の医師が、学会の開かれたタイで一週間、人気のないプールで泳いだ後、占い師のような老女に「死ぬ準備をしなさい」と云われて救われる話。『かえるくん、東京を救う』は東京に直下型の大地震を起す"みみずくん"と共に戦ってほしいと"かえるくん"に突如、訪問される信用金庫の回収担当者の話。

 すべてよかった。『神の子どもたちはみな踊る』の主人公は善也(よしや)とわざわざルビ付き書かれているから、キリスト教系の新興宗教だと思うが、誰もいない寒風吹きすさぶ野球グラウンドでラストにつぶやく言葉は感動的。

 この本を読むキッカケとなった『カエルくん、東京を救う』はラストの喪失感が、希望に比べてあまりにも大きすぎる気がする。村上さんも、そんな感じがしたからだろうか、単行本化にあたっては『蜂蜜パイ』が加えられた。

 この『蜂蜜パイ』には本当に救われる。ぜひ、順番通り読んで、最後に『蜂蜜パイ』をたどり着いてほしい。

...................

 『蜂蜜パイ』のラスト、主人公は夜が明けてあたりが明るくなった中で、二人の女を不条理な暴力から護ることを誓う。『アフターダーク』もラストは夜明けで終わるが、村上春樹さんにとって、夜明けとは希望の時間なのだろうか。

 『翻訳教室』の中でこう語っていたのが思い出された。

 「僕なんかはもう、朝の四時に起きるんですよ。四時に起きてアンプのスイッチを入れてCDだかアナログレコードだかにのせて音楽を小さな音で聴きながら翻訳するんですけども、それがもう至福の時なんですよね」

 「朝の四時に起きるためには夜の九時半ぐらいには寝なくちゃいけないんです」夜の九時半ぐらいに寝ちゃうというのは、ある種の人生の部分を放棄することになる。つまりナイトライフがない」

 「若い人はきっと、なかなか十時前には寝ないよね。というのは、僕もそうだったけど、早く寝ちゃうとなんか人生を存しているような気がする。僕が寝たあとで何かいいことがいっぱい起こっているんじゃないかって(笑)。でも何も起こらないんだよね、普通」

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Comments

pataさんの書評をいつも興味深く拝読していますが、最近は小説がときどき登場しますね。
これは『翻訳教室』から、と推察。

僕はかなりの村上春樹ファン(のつもり)ですが、この本がいちばん好きです。

> 順番通り読んで、最後に『蜂蜜パイ』をたどり着いてほしい。

同意です。

Posted by: pleo | March 06, 2006 at 11:49 AM

>pataさんの書評をいつも興味深く拝読していますが

恐縮でございます!

>最近は小説がときどき登場しますね

そうなんすよ。つか、人文書で「読みたい」と思う本があまり出ていないのと、読んでも「なんだかなぁ」というので、書かないのが結構あるんです…

ということで、最近、小説方向もチラホラ…

>僕はかなりの村上春樹ファン(のつもり)ですが、この本がいちばん好きです。

おお、そうですか!ぼくはあまり良い読者ではないのですが、これはとにかく全部、粒ぞろいですよね。

Posted by: pata | March 06, 2006 at 04:31 PM

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