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March 18, 2006

『映画のなかのアメリカ』

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『映画のなかのアメリカ』藤原帰一、朝日選書

 映画はまた、素晴らしい評論家を得たように思う。『論座』は読んでいないので(というか雑誌は、仕事で読む経済誌を除いて、ほとんど読まないから)、国際政治学者の藤原帰一さんが映画について連載を持っているとは知らなかった。

 やはり専門外の分野について連載を持つことには、アカデミックな世界の住人としては言い訳が必要なのかもしれなくて「普通の人がどう考えて生きているのかをつかまえない政治の分析は、やはり、狭く、痩せてしまう、と私は思う」「社会意識としの変容まで政治分析の手を広げるには、どうすればよいのだろうか。映画を取り上げる意味はそこにある」と"はじめに"で書き、9.11以降のアメリカの変容がどこから始まっているのかをモチーフにしているような構成にはなっているけど、「なんやかんや云って映画が好きなんだな」ということが読むほどわかってくる。そして"あとがき"では『論座』から映画について連載する気はないかと問われた時のことを「晴れがましい思いをしたほどだ。だって、南部圭之助が、飯島正が、あるいは安部公房や武田泰淳がした仕事ですよ。わーい」と告白する。

 取り上げる映画が渋い。例えば「兵士の帰還」では、第二次大戦の帰還兵のアメリカ社会での扱いについて『我等の生涯の最良の年』を表、『青い戦慄』を裏の反応として分析している。『青い戦慄』ご存じでしょうか?レイモンド・チャンドラーがハリウッドで3本書いた脚本のひとつ。『青い戦慄』は、ざっくり云えば戦場で受けた傷によって時々、記憶をなくしてしまう親友によって、不実な妻を殺されるアラン・ラッド-という映画なのだが、チャンドラーの脚本はラストに変更を加えられてしまう。そして、その変更が海軍省からの横やりで行われたということに、当時の映画表現のタブーの地平=社会意識を見いだす、というわけだ。

 続く、アメリカ大統領がどう描かれてきたという「大統領の陰謀」では、内容よりもドキュメンタリー映画『クリントンを大統領にした男』に興味を持った。クリントンの選挙参謀、ジェームズ・カーヴィル本人が出ている映画で、クリントンはカーヴィルの"作品"だということがよくわかるという。これ観たい。

 続く「東部と西部」では2004年の大統領選挙で「かつて南北に分かれて争ったアメリカが、いまは東部と西部に分裂してしまった」というところから、『大いなる西部』によって典型的に描かれた西部に対する東部リベラリズムの優位が崩れ、アメリカは「再び中西部の荒野に重点を移した」のではないかと分析する。ちなみに、p.41の「2004年の大統領選挙は、東部の男ビル・マッケイに対するテリル一家の逆襲だったというができるかもしれない」という文章は、『大いなる西部』にひっかけた素晴らしい文章だが、ビル・マッケイではなくグレゴリー・ペックの扮した主人公ジム・マッケイの誤りだろう。実はロバート・レッドフォード主演で、個人的には結構好きな佳作『候補者ビル・マッケイ』という映画もあって、これについても書いていたから混同したのかも。

 続く、「市民宗教の暴走」では「ごく早い時期から信教の自由を確立したアメリカは、逆説的ではあるが、まさにそれによって政治権力の世俗化を免れることになったのである。自由と平等という世俗的な原理に沿って政治権力を構成した社会がキリスト教徒の社会と併存し、自由と平等をキリスト教徒の精神と結びつけるという逆説が生まれるのである」(pp.46-47)というまとめは切れ味いいと思った。取り上げられている映画も渋い。なんつってもチャールズ・ロートン監督の『狩人の夜』だもん。右手にLove、左手にHateと入れ墨をしているロバート・ミッチャム扮する狂信的な伝道師! この文字は『ドゥ・ザ・ライト・シング』で最後に暴動のキッカケをつくることになる巨大ラジカセを肩にかついだ大男の黒人がはめていたブラスナックルにも刻まれてオマージュされている。『エクソシスト』についても、社会不安の根底には信仰の喪失があるという映画だったと分析。さらには、敬虔なクリスチャンを田舎者として扱っていたハリウッドも、いまや西部の福音派の台頭によって、冷笑的には描けなくなってきていると結論している。

 なかなか続いているんですよね。「東部と西部」と「市民宗教の暴走」は。ちゃんと、連載全体を俯瞰していたんだろうか。素晴らしい。

 この調子で書いていくといつまでたっても終わらないから、最後に二点だけ。第一次世界大戦に関する映画は孤立主義を反映した『西部戦線異状なし』『肉弾鬼中隊』(ジョン・フォード!)のような厭戦気分に満ちあふれたものだったが、ナチス・ドイツと真珠湾を経て、戦うべき戦争は戦うといった『ヨーク軍曹』(ハワード・ホークス!)『カサブランカ』のアメリカが始まるというまとめは素晴らしいと思った(p.173)。ユダヤ系の多いハリウッドは『カサブランカ』によって、尻込みするルーズベルトよりも早くナチス・ドイツとの戦いに"参戦"した、と書いたのは誰だったか…。

 もうひとつはチャンドラー脚本のもう一本『深夜の告白』。これは「悪女の系譜」という中に入っている。もちろん悪女のついてのエッセイだから仕方ないのかもしれないが、チャンドラーのハリウッド脚本は、いつもラストが変えられるのはなぜか、ということも書いてほしかったかな、みたいな。

 帰国子女らしく、ヴォイス・オーバー(独白)、ティア・ジャーカー(お涙ちょうだい)と書くのも、なんとなく気分が出ていてよかったと思う。

 久々に読書を楽しませてもらった感じがする。

 古い映画をよく見ている人にも、こうしたクラシックをこれから見ようとする人にもお勧め。今年の個人的なベスト5には入ると思う。

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Comments

う~、これは是非読んでみたいです。
中沢新一さんの新刊を楽しみにしてましたが、もう一つ楽しみができました。多謝!

Posted by: 元ABC六本木 | March 21, 2006 at 01:03 AM

お久しぶりです!

まだ、読み始めたばっかりですが『哲学者廣松渉の告白的回想録』もなかなかいいです。

ただ、ホント食指が動く本がすくなくなって…

Posted by: pata | March 21, 2006 at 10:35 AM

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