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February 28, 2006

『現代ドイツ 統一後の知的軌跡』

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『現代ドイツ 統一後の知的軌跡』三島憲一、岩波新書

「美しきものは恐ろしいものの発端にほかならない」リルケ、ドゥイノ・エレギーの第一歌、古井由吉訳、『詩への小路』p.172

 この言葉は国権主義的美学の表明によく使われるという。それは現代ドイツにおいて"ドイツはナチスを生んだから悪いのである"というようなコンセンサスが広がることは、ハーバーマスのような「理性的コミュニケーション」によって利害調整がはかられるというような"幻想"をも生みだしていることをみても間違いであり、それよりもワーグナーが描いたようなドイツ固有の芸術と情念を世界から再生をはかるべきなのだ、というような論調に利用されるという。「美は恐怖の始まり」なのだ、と(p.107-)。

 ぼくは現代ドイツの政治的論争などについては、ほとんど知らない。日本と同じように"歴史の見直し"の風が吹いていて、ナショナリズムも高まってきている、というぐらいの認識だった。しかし、個人的には理性の象徴ぐらいに思っていたハーバーマスに対する批判が、ここまでヒドイくなっていたとは思ってもみなかったし、ユダヤ人問題が再燃しているところまでは想像できなかった。

 その発端はドイツ統一。89年の壁の崩壊の後、走り出した「特急ドイツ号」は90年3月の旧東ドイツで行われた選挙を経て、圧倒的な速さで再統一を実現する。そして、その際には、資本主義でもなく社会主義でもない理想的な共同体を目指そうと訴えかけた東ドイツの知識人たちの気弱な言説などは吹き飛ばされ(どこかで指示が好きなヒューマニズムの徒という表現は秀逸 p.17)、ハーバマスの云うところの「西の政党によるDDR分捕り合戦」が行われた。

 すでに何回かハーバーマスに触れたが、思い切り単純化して云えば、この本の構成はドイツ統一後の文化的・社会的論争をハーバーマスの表明した懸念を中心に見ていく、というものでもあると思う。三島さんによると、ドイツにおけるリベラル・レフトの特長はハーバーマスも含めてアメリカ寄りであるということ。そこが他のヨーロッパの知識人たちとは異なる点だというが、なるほどと思った。

 とにかく、ハーバーマスが「生活水準の格差ラインをエルベ河からオーデル=ナイセ河に移すだけ」と評した統一は進む。しかし、「東の建設 Aufbau Ost」に1兆マルク(60~70兆円)をつぎ込んでも東ドイツの失業問題は減らず、現在でも毎年600億ユーロ(8兆4000億円)がたいした効果もないのに旧東ドイツ地区に垂れ流されているという(p.40)。そして、一部を除いて上向かない経済は、東ドイツにもネオナチを生みだし、カネはドイツ人にために使え!ということで、トルコ系や他の地域からの難民への襲撃事件が発生する。

 スキンヘッズは主としてドイツ駐留イギリス軍の兵士を経由してドイツに流れ込み、「リベラルかつ適度にレフトであることは、皮肉にも社会的上昇の資格証明ともなっていた」社会の知的・文化的体制に反抗するという構図も生まれてくる。94年、ハーバーマスが定年で退官するときには、フランクフルト大学で「ハーバーマスよ、お前はこの国でネーションという言葉を悪い言葉にして、この国をお前好みに合わせたけど、もう終わり。お前の好みの大学ももうなくなるよ。大学は右翼の巣になるよ」というビラがまかれたという(p.81-)。

そして、かつてのリベラル・レフトであった文化人たちも、次々と「我々の恥辱がたえまなくつきつけられることに感謝するどころか、目をそむけてしまう」「我々に恥辱をつきつけるのは、他に動機があるのではないか」(ヴァルザー、p.191)のような表明を次々とし、イスラエルに対しても「パレスチナ人迫害をやっているからお互いさまだ」というような発言を有力政治家メレマンなども行うようになっていった(p.198-)。

 しかし、それでもコソボ空爆の際に、シャーピング国防相は「亡命途上で自殺する前にベンヤミンは、人間性とは天使のようなものだ、唄うのをやめたら、天使は存在しなくなる、といったことを書いている。同じように我々は、人間性について、そして人間の自由と尊厳について語るのをやめたら、我々はそれを失うであろう」という寄稿を新聞に寄せたという。コソボ空爆に関しては、空爆そのものの問題性や、意図的なセルビア批判などの疑問もあるが、国防相がコソボ住民を虐殺から守るということを信じてそれを行った際に、ベンヤミンを思いだしたということは、覚えておこうと思う。

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