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February 08, 2006

『ミラノ 霧の風景』

milan

『ミラノ 霧の風景』須賀敦子、白水社Uブックス

 久々に読んでみた。オリベッティの広報誌で人知れず連載されていたエッセイが単行本化されると、その一冊で人々を驚かせたということも奇跡のようだし、その話というのも1954年という半世紀近い前のヨーロッパ留学と現地での結婚、夫との死別、そして友人たちとの出会いと別れという地味なものであったということも、信じられない気がする。

 それぞれに好きな文章があるだろうけど、ぼくがひとつを選べといわれれば「マリア・ボットーニの長い旅」。

 マリア・ボットーニは須賀さんがイタリアに上陸した朝、ジェノワに出迎えてくれた女性。しかも友人の紹介ながら初対面だったという。すでに40歳を超えていたというが、それを思わせないほど若い印象の彼女が着ているものは、いつもふだん着。しかしローマで再会すると、友人だというカヴァッツァ侯爵夫人との食事に一緒に招待してくれる。なんと場所はボルゲーゼ宮殿。「ヴァチカン宮殿などで見た巨大なドアのまえに、つめえりの派手な縞もようの制服を着た召使が立っている」(p.129)ような場所で開かれた晩餐会に須賀さんは驚く。

 マリアは須賀さんあてに頻繁に葉書を寄こすようになる。いつも細かい読みにくい字でびっしりと。しかも、話題は見知らぬ友人たちのことばかり。須賀さんはパリでの勉強を経て最終的にはイタリア語を選択するこにして、ペルージャでイタリア語を勉強するが、大学や下宿までもマリアとその知人たちの世話になる。

 夫となるペッピーノさんは"カトリック左派"の雑誌で書いていたが、その出版物を送ってきたのもマリアだった。そしてあっけない夫の死。日本に帰るとき、須賀さんは初めてマリアの家に立ち寄る。立派なアパート。ミンクのコートにグランドピアノ。

 そのマリアがもうすぐ80才になろうという時、アメリカ、オーストラリアを経て日本にくる。成田で抱き合う二人「マリアは目のふちを赤くしてよろこんでくれた。あなただって、私をジェノワで迎えてくれたじゃない、と言うとわすれな草のように青い目に涙をためた」(p.137)。マリアはしかし、京都への小旅行以外には須賀さんの自宅にいることが好きだといって、あまり出歩かない。

 ある日、マリアは初めて身の上ばなしをする。戦争中、上司に「かくまってくれ」と言われて泊めたのがバルチザンの隊長で、それが原因でドイツの収容所に移送されたという。どうして生きのびたかわからないという彼女は、終戦後、連合軍に救出される。そしてパリで静養していると、そこのイタリア大使が知人で、会った瞬間、てっきり彼女は死んでいたと思ったが、レジスタンスの英雄で勲章ものだ!ということになり軍用機でイタリアに帰ることに。ナポリ空港で降りるとブラスバンドがイタリア国歌を奏でるが、それは実は大統領到着の合図だった。しかし、その大統領こそ彼女の知己。2人は抱擁し、大統領さしまわしの軍用機でローマに帰ったという。

 「八十歳に手のとどこうとしているマリアが、遠路はるばる私に会いに来てくれた。でもそれは、マリアにとっては突飛でもなんでもない、ごく日常の行為にすぎなかったのである。ふだん着でジェノワに迎えにきてくれたマリアは、レジスタンスもふだん着のまままで闘い、そのまま日本にもふだん着でやって来た。それは、日本という『みせもの』を見にきたのではなくて、ふだん着の私という人間に会いに来てくれたのだ。それはそれで、一貫性のある行動で、いかにもマリアらしかった」(p.143)

 こういう人に会いにきてもらえるような人を目指したいものだわな、と思いつつ、自分ではとても無理だと思っていつも本を閉じる。

遠い霧の匂い
チェデルナのミラノ、私のミラノ
プロシュッティ先生のパスコリ
「ナポリを見て死ね」
セルジョ・モランドの友人たち
ガッティの背中
さくらんぼと運河とブリアンツァ
マリア・ボットーニの長い旅
きらめく海のトリエステ
鉄道員の家
舞台のうえのヴェネツィア
アントニオの大聖堂

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