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February 22, 2006

『謎の大王 継体天皇』

keitai

『謎の大王 継体天皇』 水谷千秋、文春新書

 『歴史のなかの天皇』吉田孝からの流れで、継体天皇について書かれた新書を読んでみた。

結論的にいえば、タイトルの通り、謎のままで終わっているが、そのことには誠実さを感じる。水野祐さんのように古王朝(先王朝・崇神王朝)、中王朝(仁徳王朝・後仁徳王朝)、新王朝(継体以降の王朝)と思い切って分けてみたりするのも、万世一系に対する疑問がタブーだったことを破るためには必要だったのかもしれないが、今となっては、「応神天皇五世孫」と継体が少なくとも"自称"していたということは認めて、その上で何か見えてくるものはないか、というアプローチは順当なものなのだろう。

 水谷さんは『上宮記一云』なども含めて、登場する系統から仁徳天皇系王統と葛城氏の衰退と、継体系と蘇我氏の興隆を見るとともに、磐井の乱の記事から、地方豪族の没落と大和朝周辺にいた中央豪族の地位の上昇、そして有力豪族による合議制の進展などを読み解いていく。また、継体の死語、すでに王位を譲り受けていたと推定される安閑は殺され、中央の有力豪族は欽明、宣化を選んだのではないか、という話は、この本のハイライトか。

 古代史は史料が限られているので、共通に開放されているテキストを読み解き、系統別の出現数を比較し、その没落と興隆を推測するというデジタルなアプローチは素人にも納得的。

 継体とは誰だったのかということは謎のまま置かれるが、中世以降も三種の神器を持って都落ちした安徳天皇の代わりに後鳥羽天皇を即位させた時、九条兼実が継体の例を持ち出して「三種の神器などなくても即位できる」と主張し、その兼実の弟である慈円の『愚管書』では、すぐれた臣下が天皇を立てて、その後見となったケースとして継体を持ち出している(そのモチーフは、鎌倉に対抗しようとする後鳥羽を諫めるというもの)。また、足利尊氏による後光厳の即位の際にも、継体の例が持ち出されているという指摘で終わるのは、いい締め方ではないか。

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