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December 15, 2005

『関与と観察』

kanyo_to_kansatsu

『関与と観察』中井久夫、みすず書房

 今年も押しつまってきて、どんな1年だったかな、と考えつつ、中井久夫先生の第5エッセイ集を読めるのはありがたいことだなと思いつつ、通勤の電車の中で何日かを過ごすことができた。

 今年の出来事で、やられた、と心底思ったのは自民党の圧勝だった。完全に憲法改正までねらえるし。たぶん、心変わりをしなかったら、勝手にやっている人文書のベストワンには『宮澤喜一回顧録』にすると思うが、それは、こういう分水嶺の年だったからだと思う。

 「私の世代の男性は、敗戦の必然性を理解し、戦前の日本のエートスの多くを肯定できない一方、敗戦によって従属国家となったという去勢感情を押し殺してもいると私は思う。ちょうど今、この世代が政治・経済・教育の現役から脱落しつつある。それが、最近の社会政治経済的変化の底流の一つであると私は思う」(p.189)。

 小泉首相の手法に気骨ある反対をしたのは野中広務元幹事長が最初だったと思うが、その引退を期に、どんどんと互助会的経済を信奉して政治的にはハト派的な思考をしていた長老が姿を消し、いまや、そういった人は自民党から消えた。

 そうした年の暮れに出された『関与と観察』は、一言でいえば、平和の考察になっている。

 「戦争は明快で単純で期限があります。そして、一見プラスがありそうに思います。因果関係が明快単純です。そして、ヒーローが生まれます。俗語で言えば、格好いいのです。ただし、これは全部見せかけであり、一ヶ月もたてばメッキがはがれるのですけども、戦争を知らない世代には、戦争という観念の中からその悲劇が遠のく。戦時の戦争批判はブーイングを招きます。これに対して平和は、失点を少なくするという減点主義の地味な努力です。それに果てしない努力で期限がありません」(p.9)

太平洋戦争の開戦直後、日本は熱狂したが、その熱狂は一ヶ月もたなかったという。また、南京大虐殺の背景には、南京を攻略すれば中国政府は降伏すると思ったのに重慶に退却して、復員する希望がなくなった日本兵がやけっぱちになって行われた、という分析は初めて読んだ(p.76)。また、ドイツ降伏時の米軍の略奪にはマーガレット・バーク=ホワイトという女性の超有名なカメラマンも参加して「略奪は情熱だった」と書いているという(p.11)。戦勝の瞬間というのは、爆発的な祝祭の瞬間なのかもしれない。しかし、それはめったに訪れない。

 日本軍の場合はさらに悲惨だった。フィリピン・ルソン島に残された日本軍が最も恐れていたのは、日本兵を襲って殺害し食人に及ぶ離脱日本兵だったという(p.64)。今年、お亡くなりになったダイエーの中内オーナーは、こうした異常体験を抱えながらバブルの中で爆食し、喰いきれずにはき出して、産業再生機構入りとなったというのも思い出す。

日本は「タバコ、塩を専売にし、鉄道を国有にしてこの三つをゴールドマン・サックス社などへの抵当におい」て日露戦争を戦ったのだというのも初めて知った(p.83)。

 「意識されないものは彫琢されない」とサリヴァンは言っているというが、とにかく、こうした戦争と平和についての考察を意識していこうと思う(まとまりはないが、これで終わりにします)。

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