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December 02, 2005

不安に陥らせるほど面白い『ブンデスリーガ』

stielike_litti

 正直いって、ぼくは良いブンデスリーガのファンではない。というより、ドイツサッカーのファンではない。

 74年大会でジーザス率いるオランダがたかだか皇帝ごときに負けたのは許し難かったし、82年大会でプラティニ率いるフランスがシューマッハのパンチまで喰らって負けたのは不当すぎると思った。86年大会で決勝に進出したのは冗談としか思えなかったし、90年は最低の大会だった。94年と98年にU37が早々と敗退したのは悪い気がしなかったし、00年のユーロでポルトガルがグループリーグの最終戦にターンオーバーの選手たちだけで0-3でドイツを破り、決勝トーナメントからホッポリ出したのは痛快だった。

 しかし、この本に書かれているほどの憎悪の感情をドイツ代表にも、ブンデスリーガにも、ベッケンバウアーにも、バイエルン・ミュンヘンに持ったことはなかった。

 著者のヘッセ・リヒテンベルガーによると、ドイツ代表が光り輝いていたのは1954年、ヘルベルガー監督率いるチームが無敵のマジャールを破った「ベルンの奇跡」だけで、ヘルベルガーの後を引き継いで1974年の自国開催の大会で優勝に導いたシェーンは、優勝分配金をめぐる選手たちとドイツサッカー協会(DFB)のみにくいやりとりにイヤ気がさして大会の合宿中に監督辞任を申し出たほどだったし、準優勝した1982年の準決勝でフランス相手に延長戦で2点差をつけられながら追いついたチームは、対オーストリア戦での談合試合で「勝てばいいのか」という傲慢さをみせつけたとして自国では歓迎されなかったという。

 さらには、代表史上4人目の名誉主将に選ばれたマテウスに至っては、便器に向かって話せとチームメイトから嫌われる自己顕示欲だけが強いトンデモ選手として描かれているし、バイエルン・ミュンヘンもドイツ中の嫌われ者で、同じように自国民から愛されていないマンUとのチャンピオンズ・リーグ決勝で敗れたことで、多少の同情を買うことはできたが、その2年後にバレンシアをPK戦で下した試合ではベルリンの新聞が「スペイン人がもっと集中していたら、バイエルンはすぐに敗者のメダルを手にしていたはずなのに」と書くしまつ。

 結局、筆者が言いたかったのは、ベルンの奇跡以降のドイツ代表には傲慢で不遜なイメージが復活してきている、ということなんだと思う。

 しかし、ドイツがドイツとして復活できたのは、ベルンの奇跡があったからだ。それまで「自尊心であれ、愛国心であれ、底抜けの喜びであれ、すべて禁じられ」(p.206)「行きすぎてしまうことに対する恐れ、おごりに対する恐れ」(p.208)にとらわれていたドイツ国民の感情を解き放ったのが、ヘルベルガーのチームだったのだ。なにせ、スイスワールドカップの予選を西ドイツ代表は、FIFAに加盟申請して認められたフランスにほど近いザールラントを相手に戦っていたぐらい国が分裂していたのだから。

 とにかく、サイモン・クーパーを最初に読んだ時ぐらいは面白かった。しかし、サイモン・クーパーが信用できない書き手であるように、この面白さには、ワナがあるような気がしないでもない。

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