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December 25, 2005

05年の人文書ベストワンは『宮澤喜一回顧録』

 このBlogは2004年3月17日から始めたので、前年12月から今年11月という"書評年度"をリアルタイムで1年過ごしたのは初めて。80年代末から、草の根BBS、Nifty、掲示板に書評は書き散らしてきたが、どれも場の雰囲気を考えなければならなかった。そうしたことを考える必要なく、勝手に書けるというのは精神的に楽だな、と改めて感じる。

 この1年でざっくり数えてみると約400のエントリーを書き、その中で118冊の本を紹介させていただいた。気力、体力の減退、仕事が世間様並に忙しくなっていること、ケータイゲーム、ケータイなど読書の場である通勤の電車内での時間を奪う機器の増殖など、読む本の量、質とも以前より3割減ぐらいになっているんじゃないと感じる中、拙文を読んでいただいた方々には本当に感謝しております。

 お詫びついでに、勝手に恒例化している「今年の何冊」にもおつきあいいただき、また、来年もよろしくお願いいたします。

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 ということで、まず、取り上げたいのが『統合失調症あるいは精神分裂病 精神病学の虚実』計見一雄、講談社選書メチエ。素晴らしいのは、統合失調症で問題になっているのは「運動を組み立ててまとまりのある行為をする能力」(p.152)なのだ、という割り切りかた。精神医学がはたしてニュートン的な意味で科学なのか、という問題は、深刻に議論されるべきであり、様々なモデルを考える前にまず要素還元的に解決していったらどうか、というのが計見さんの言いたいことなんじゃないか。ここでも、人間が自発的行為を実行する時、その意図を意識するのは脳が行動を実行してから0.5秒後であるという、リベの理論が重要なポイントとされている。心が決断するのではなく、もっとその手前の内臓で判断しているというか、心というのはそんなに高尚なものではないのかもしれない、というのを最近ではずって考えている。

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 『マルティテュード』もとりあげずに『ヨブ 奴隷の力』情況出版を取り上げるのはアントニオ・ネグリのファンには申し訳ないけど、面白かったのだから仕方ない。ベビーブーマーたちが地球規模で起した1968年の反乱は挫折し、ユートピアの夢はテロへと変換されてしまい、トニ・ネグリ自身も牢獄につながれる。これは「ヨブが生きたのと同じ経験だ」として、古典に向かい、そしてあまりにもショボイ信仰礼賛の予定調和的な終わり方に怒りを覚えつつ、ヨブの"哀しみのヴィジョン"によってのみ、神のシステムの冷淡さを打ち砕き、意識=良心が構成されることになるだろうと、自分なりの"続編"を書くところは痛切(p.200)。ネグリが1968年に見たのは、間違いなく、救いだったはずなのだから、それが幻想であったにせよ、いろんなビジョンに基づくヨブ記の続編をこれからも人々は書きたいと思い続けるはずだ。そして、2200~2300年後にもそうしたことを発想させるということが、ヨブ記が古典であることだし、実は、旧約の中で、ヨブ記ほど本文が異なる文書がないというのも、そうした人々に続編を書くことを駆り立ててきた物語の設定のすごさなのだと思う。

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 今年の出来事で、やられた、と心底思ったのは自民党の圧勝だった。二重の意味で。政権与党に300議席以上という憲法改正が可能な数を与えてしまったということだけじゃなくって、リベラルだと思っている人間でも政治なんてのは保守党にまかせておいてもかまわないという姿勢は、実は「軽武装、経済重視」という「小泉前自民党」の50年の方針から出ていたものだということを思い知らさせたという意味でも。個人的には「軽武装、経済重視」路線は、吉田自由党からの流れをくむ宏池会と旧田中派がつくりあげたが、それを保証する安保条約という根底的な制度設計は戦前からの生き残りだった岸派が行ったものだったということを思い知らされた1年でもあった。「軽武装、経済重視」路線をつくりあげた戦前からの大蔵官僚でもある宮澤喜一元総理の『聞き書 宮澤喜一回顧録』御厨貴、中村隆英、岩波書店はそういった意味でも、今年の一冊。

 「サルは木から落ちてもサルだが、代議士は選挙に落ちるとただの人になる」という名言を吐いた大野伴睦に可愛がれたナベツネさんの『渡辺 恒雄: わが人生記―青春・政治・野球・大病』は『渡辺恒雄回顧録』伊藤隆の焼き直しだったが、小泉首相のやった刺客作戦のオリジナルは、バカヤロー解散の元となった広川派の欠席戦術に対して、親分の広川弘禅氏に対して無名の新人を立候補させ、大金をつぎ込んで落選させ、政治生命を奪ったことに由来するのではないか、ということを改めて強調していた。

 『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』佐藤 優、新潮社では小泉政権成立後、日本は本格的な構造転換を遂げようとしており、それは内政的にはケインズ型公平分配政策からハイエク型傾斜分配、新自由主義への転換、外交的にはナショナリズムの強化としてあらわれ、彼の盟友鈴木宗男氏は「内政では、地方の声を自らの政治力をもって中央に反映させ、再分配を担保する公平分配論者で、外交的には、アメリア、ロシア、中国との関係をバランスよく発展させるためには、日本が拝外主義的なナショナリズムに走ることは却って国益を毀損すると考える国際協調主義的な日本の愛国者」であったことから"時代のけじめ"をつける意味で小泉政権によって葬り去られた、という主張は話半分に聞いても面白かった。

 『時のしずく』中井久夫、みすず書房では、自伝的要素のあるエッセイがまとめられているが、その中で切手収集をあきらめ、それで呉茂一のラテン語独習本二冊を買い求めたという「私の人生の中の本」が印象的。それは敗戦直後の中学生の頃で、西欧のエリートたちが学んでいるラテン語を習得すれば、漢学の素養がある分だけ自分は勝てる、という意識からだったという。いじらしい。

 そして『関与と観察』中井久夫、みすず書房の「私の世代の男性は、敗戦の必然性を理解し、戦前の日本のエートスの多くを肯定できない一方、敗戦によって従属国家となったという去勢感情を押し殺してもいると私は思う。ちょうど今、この世代が政治・経済・教育の現役から脱落しつつある。それが、最近の社会政治経済的変化の底流の一つであると私は思う」は、小泉自民党に叛旗を翻したハト派的長老の退出の背景を説明していると思う。

 『自民党を壊した男 小泉政権1500日の真実』読売新聞政治部、新潮社では、経済財政諮問会議で予算編成権を財務省から奪い、強力な"統制"を行えるようになったということに、01年度にはまだ財務大臣だった宮澤元首相が最後まで抵抗したとしている。宮澤元首相は03年に引退を強いられる。

 『吉田茂』原彬久、岩波新書は自民党が出来るまでの保守合同の流れを整理してくれたし、吉田茂があんなにカネ持ちだったとは知らなかった。

 『阿部謹也自伝』阿部謹也、新潮社はブックガイドとしても面白かった。いまの時点となってはすぐに使えるものではないと思うけどハインペル、グレーヴィッチの本はとりよせて、ざっと読ませてもらった。こういう無知を補っていただいただけでもありがたい。網野善彦さんとの交流とその途絶を描いたあたりは個人的に面白く読ませてもらった。「網野氏が網野銀行の関係者だと知って学生時代に彼は家庭教師などをしたことがなかったのだと思い当たった、だから天皇を家に呼ぶなどという発想が出てくるのだろうと思った」というあたりは驚かされた。

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 『アースダイバー』中沢新一、講談社はただひたすら面白かった。「縄文萌ぇ~ 買ってね」という中沢新一先生自筆のポップを紀伊国屋で見た時には脱力したけどw

 今村仁司さんは頑張った。今村版マルエン選集ともいうべき、マルクス・コレクションを5冊出すし、そのエッセンスをまとめた『マルクス入門』ちくま新書も出した。さらには『抗争する人間〈ホモ・ポレミクス〉』講談社メチエも出したが、どれもブチキレていない。『抗争する人間』ではルソー、レヴィ=ストロースの系譜である"未開社会は平和な交換の社会である"というイメージを打ち壊す「暴力の可能性は未開社会のなかにあらかじめ刻印されている。戦争は未開社会の構造である」「戦争は未開社会の基礎であり、その存在の生命そのものであり、その目的である。未開社会は戦争のための社会であり、基本的に戦争社会である」あたりの引用はしびれたが尻すぼみに終わった。マルクス・コレクションに関しては完結した時点で感想をまとめたいが、『マルクス入門』の「すくなくとも『一生に一度は』資本主義的近代、つまりわれわれの時代の『異例性』を不思議と感じる経験をもつことは精神の健全さに役立つ」というやけっぱちな言葉だけは印象に残る。

『おまけの人生』本川達雄、阪急コミュニケーションズは「西洋の哲学には、どうもまともな時間論が無いらしいのです。時間は神様のものであって、われわれが考えてもはじまらないということで、深い考察の対象になってこなかった」というあたりが印象的。

 『世にも美しい数学入門』藤原正彦、小川洋子、ちくまプリマー新書は本当に美しい本。しかし、藤原先生は専門分野でこれほど美しい音楽を奏でるのに、なぜ、『国家の品格』のようなつまらぬ本を書くのか。まあ、それが人間の悲しさなのかもしれないし、ぼくなんかがわかりもしないのに本を読んで感想を書き散らしているのも、大きく見ればそんなところなのかもしれないけど。

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 『靖国問題の精神分析』岸田秀、三浦雅士、新書館は岸田さんの復活を印象づけた。日本とアメリカの唯幻論を拡大して、現代中国が掲げているのは中華思想による大東亜共栄圏にほかならない、と指摘。なぜ、中国がそんな構想を思いついたかというと、それは攻撃者への自己同一視というメカニズムがあるからだ、と。やられたことと同じ事をしてしまわなければ、気がすまない心理だ、というのは納得的。アメリカはかつての宗主国であったイギリスをまねて、日中ができるだけ反発するような仕掛けをつくっているのではないか、という議論も面白かった。閑話休題だが、イギリスは第二次世界大戦の戦後処理の中で、千島列島の帰属問題をあいまいなままにしておけばこの先100年は日露関係がギクシャクする、と考えていたらしい。アングロサクソン恐るべし。

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 本来は人文書ではないが、『失踪日記』吾妻ひでおも今年を代表する一冊。下流社会というのが本の業界でもブームになったが、今日の朝日の書評で野口武彦さんが書いているように「外界がすべてタニンという新しい人間関係」が日本に発生しているのかもしれない。

 『サマワのいちばん暑い日』宮嶋茂樹、都築事務所では、自衛隊員のカッコがアカ抜けてきたことが印象的。フリッツタイプのヘルメット、ミラータイプのサングラス、迷彩柄のマフラー型のマスクといういでたちの自衛隊員はシブイ。アタマに白いタオルを巻いたみたいなカンボジアPKOの時の土方スタイルとは確実に違っている。カンボジアPKOの時の志願者は、まさか自分が海外展開するとは思ってもみなかった時に入隊したのだろうが、イラクの自衛隊員は海外展開を志望動機にしている時代の子たちだ。そんな時代の変化がたった一枚の写真で写し撮られていた。あまり語られていないが、宮嶋の写真は素晴らしい。もっと、もっと評価されるべきだ。

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 『私にとってオウムとは何だったのか』早川紀代秀、川村邦光、ポプラ社は麻原が無辜の民を大量虐殺しようとした観念のジャンプを初めて納得的に明らかにしてくれた。それは衆議院選挙に落ちた時に合法的な方法で救済することは無理であり、一気に大量ポアすることによってしか救済されないと考えたたこと(p.166)。選挙は確かに人を狂わす。

 『物質をめぐる冒険』竹内薫、NHKブックスによって、超ひも理論を理解というか、なんとなく分かるような端緒に錯覚かもしれないけどようやくたどりつけたような気がする。

 個人的な安息は『ウィトゲンシュタイン哲学宗教日記』イルゼ・ゾマヴィラ、『イーリアス日記』森山康介の中にあった。

 ということで、今年、個人的に影響を受けた本というか、いろんな方々に読んでいただきたいお勧め本は以下の7冊です。

『統合失調症あるいは精神分裂病 精神病学の虚実』計見一雄、講談社
『ヨブ 奴隷の力』アントニオ・ネグリ、仲正昌樹(訳)、情況出版
『聞き書 宮澤喜一回顧録』御厨貴、中村隆英、岩波書店
『アースダイバー』中沢新一、講談社
『靖国問題の精神分析』岸田秀、三浦雅士、新書館
『私にとってオウムとは何だったのか』早川紀代秀、川村邦光、ポプラ社

番外『失踪日記』吾妻ひでお、イースト・プレス

 そして、こういうもんはベストワンを選ばないと祭りにはならないわけで、悩んだ末『聞き書 宮澤喜一回顧録』御厨貴、中村隆英、岩波書店にいたします。いつものことですが、何も差し上げられませんけれども、パチパチと拍手を送ります。ありがとうございました。

 吉本隆明さん関連の本はまとめて。

 『生きていくのに大切な言葉 吉本隆明74語』では「職なく、金なく、着のみ着のまま妻君と同棲しはじめたころ、アパートの四畳半のタタミにビニールの風呂敷をひろげて食卓とし、よく作って食べた。美味しく、ひっそりとして、そのころは愉しかった」(「わたしが料理をつくるとき」『背景の記憶』平凡社ライブラリー)という一節が印象に残った。『coyote』最新号でホンマタカシが撮っている吉本さんの老いの姿は印象的。

  『幼年論―21世紀の対幻想について』吉本隆明、芹沢俊介、彩流社では日本の社会は古代から女系社会であり、マスオさん型の家族が男は通い婚をして、妻の父が後見人となったという昔からの形態に似ているが故に安定しているという論議が面白かった。母親と娘はいつまでも仲がいいし「女系的なほうが親密な氏族の集団を続けやすい」(p.184)。なるほど。

 『中学生のための社会科』吉本隆明、市井文学では、ラカンが老齢の終局において男は女性的になり、女は『気違い』になるとと書いているのに対して、これは「男性は前立腺肥大になり、女は閉経時のヒステリー症になると言い換えてもいいのではなかろうか」として、三木成夫先生の「前立腺は女性器の名残で、男性が老齢に近づくと肥大化してくるのだ」という説を紹介している。凄すぎ…。

 『時代病 That’s Japan special』吉本隆明、高岡健、ウェイツでは「エディプスを媒介に形成されてきた人格が、明瞭な像を結ばなくなり、代わりに無性生殖に基づくような人格が登場する」という議論が納得的だった。つか、30代前半ぐらいから「こいつらエディプスコンプレックスとかないわけ」とずっと疑問に思っていたから。

『13歳は二度あるか―「現在を生きる自分」を考える』吉本隆明、大和書房では、大切なことは「自分で自分を尊重し、なぐさめる手段を持つことだ」(pp.134-)として、フーコーの「自己への配慮」に言及するところが印象的。

 河出書房新社から山口瞳さんの単行本未収録作品が刊行されているのは、ファンとして嬉しい限り。ネタにつまった時には野球ネタでごまかすということをやっていたというのを知っただけで、なんとなくホッとした。山口さんも人間だった、と。

 小中学生の理科離れなんかは『福野礼一郎の宇宙 甲乙―キカイの本質を理解すればクルマの偉大さがわかる!』双葉社みたいな方法論で解決できるんじゃないかと思った。

 『懐かしのアメリカTV映画史』瀬戸川宗太、集英社新書を読んで、日本のアメリカの紐帯というのは、1950年代から60年代にかけてのテレビ番組を共有していることではないかと思った。ヨーロッパ、特にフランスやドイツで『パパはなんでも知っている』『じゃじゃ馬億万長者』『名犬ラッシー』『ララミー牧場』『ローハイド』などはライブで放送されたのだろうか?

 トロクメ先生が最後の著書『聖パウロ』加藤隆訳で、パウロとペトロのグループが互いにローマ帝国の警察権力に相互の告発を行い、それにとって処刑されていったのではないか、と指摘しているのは衝撃的。加藤先生は『新約聖書入門』レジス・ビュネルも訳している。

 ビジネス書では『あのヒット商品のナマ企画書が見たい!』ダイヤモンド社、『起業バカ』渡辺仁、光文社の企画が面白かった。『起業バカ』は「起業ブームに踊らされて、すべてを失うサラリーマン」「成功するのは1500人に1人」という表4みたいな表紙がすべて。

 歴史学を身近にかんじさせてくれる小田中直樹先生は、今年も『フランス7つの謎』文春新書がスマッシュヒットとなった。こうした身近なところから歴史の必要性をわかってもらえるようにする、という試みは貴重というかありがたい話だと思う。

 週刊『司馬遼太郎 街道をゆく』も1年かけて日本篇が完結した。トイレにはバインダー5冊を完備。これで、日本のどこに出張しようと、その土地土地の話題をスパッと事前に仕入れることができる。

 『DNAから見た日本人』斎藤成也、ちくま新書は大陸からの人類集団が朝鮮半島人と日本の縄文人とに分かれ、その縄文人がアイヌと日本列島本島人に分かれ、弥生時代に本島人が大陸からの混血が進むことによって、混血の度合いが少なかった沖縄人と系統的分かれていった、という「アイヌ沖縄同系論」をDNA分析でわかりやすく提示してくれた。

 『野垂れ死に』藤沢秀行、新潮新書は、奥様のモトさん書いた『勝負師の妻―囲碁棋士・藤沢秀行との五十年』に対する返歌か。「豪放磊落」という性格は「繊細暴走」であるという自己認識は広くあてはまるのではないか。

 『禁じられた福音書―ナグ・ハマディ文書の解明』は「後に『ヨハネによる福音書』を新約聖書の中に編入し、『トマス』を『異端』として駆逐する人々こそが、後の西欧キリスト教を決定的に形作り、そして不可避的に限定することになったのである」(p.38)という指摘が鋭い。

 『ヒトはなぜペットを食べないか』の最初から人間は喰うために犬を飼っていたらしいという説にはまいった。「親を失ったイヌ科の動物の仔を狩人が連れてかえって手なづけ、可愛がって育て、たっぷり肉がついてくると必要に応じて殺して食べていた。子供は人に馴れやすく、また集団のボスに絶対服従をする性質があったら、人間の命令にも従順で、いわば生きた食料貯蔵庫として大いに活用した」という。

 『コクと旨味の秘密』伏木亨、新潮新書には「コク学」の成立が期待される。

 『パウロとペテロ』小河陽、講談社選書メチエは期待していただけにガックリさせられた。

 『チョムスキー入門』ジョン・C. マーハ、明石書店はチョムスキーがわからないということを改めて思い知った。

 『対話の回路 小熊英二対談集』は小熊英二さんの方法論の限界をみせてもらった。

 『ラッセルのパラドクス―世界を読み換える哲学』三浦俊彦、岩波新書は個人的にはなぞなぞ集としか思えない。

 『迫り来る革命 レーニンを繰り返す』スラヴォイ・ジジェク、『「脳」整理法』茂木健一郎はクラップ。

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