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November 13, 2005

「クラマーさん、ありがとう!」

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 伝説は予想を遙かに超えて凄かった…。

 今日、公開シンポジウム2005「クラマーさん、ありがとう!」で初めて近代日本サッカーのファウンダーとも言うべき、デットマール・クラマーさんのご尊顔を拝し、講演を聴くことができた。ぼくらにとって、クラマーさんという名前は伝説そのもの。後にチャンピオンズ・カップ(今のチャンピオンズ・リーグ)をバイエルン・ミュンヘンで2度獲得する名伯楽が、当時は名もないサッカー後進国の要請に応えて来日し、東京オリンピックではアルゼンチンを破るという結果を残す。もうその時点で伝説。そして離日の際、日本リーグの創設を促し、65年からスタートさせ、68年にはメキシコ五輪で銅メダル。さらには近代的なサッカーコーチのカリキュラムを整備し、自らその初代コーチとして教え、「まず100人の優秀なコーチを育て、そのコーチがまた100人ずつのコーチとなる」という構想も実現する。もうファウンダー。

 つまり日本でサッカーを教えるコーチは、その教えてもらったコーチのライセンスをたどっていけば、みんなクラマーさんに当たるわけだ。もう、ローマ教皇状態。確かに日本サッカーは68年のメキシコ五輪銅メダルの後、代表レベル、国内リーグレベルでも低迷する。しかし、彼の蒔いた種は広く日本に根を張り、今の豊かな実りをもたらしのだ。

 クラマーさんは今年で御年80歳。しかし、マイクいらずの大きな声はとてもその年とは思えない。今日の講演でも机をゴンゴン叩き、時計の留め金が外れるほど手をバシバシ叩き、時には演題から飛び降りてキックやフェイントのまねをし、興奮すると通訳が困るほどの早口になってまくしたてるというお姿は伝説として聞いた現役コーチそのまま。

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 そして「過去など振り返らない」「夢のあるチャレンジをしよう」と語ってタレントの発掘、育成、そしてそうしたタレントに高い要求をしていく重要性を熱く語るが、最後には「68年のメキシコ五輪で3位決定戦に勝った選手たちは全員宿舎に帰って倒れ込んだ。それまでも2~3人の選手が倒れたことはあったが、11人全員が倒れたのはあの試合だけ。だから、私にとってチャピンオンズカップ優勝よりもあの試合がベストだし、そこまで戦ってくれた選手たちは私の誇り」と語りながら涙を流す熱さ。

 ぼくは川渕キャプテンはなかなかの人物だとずっと思ってきたが、その理由がようやく得心できた。川渕さんをはじめ、64年、68年組の日本代表はクラマーさんの薫陶を毎日、毎日浴びるほど受けてきたから、あんなに精神的にもなんつうかヨーロッパ的に強くなったし、日本のメジャーなスポーツ団体の中では大人の組織として自立しているのだな、と。トゥルシエがいろいろ要求してきた時もガンとはねつけることができたのだな、と。

 クラマーさんは「世界の大きなサッカー組織の中で選手経験者が役員を占めているのはバイエルン・ミュンヘンと日本サッカー協会だけだ」とも語っていたが、バイエルン・ミュンヘンをチャンピンズカップ2連覇に導いたのもクラマーさんだし、いまのサッカー協会の人脈をほとんど教え倒したのもクラマーさんなんだわな、と改めて感じた次第。とにかくロスタイム多めの45分の講演と45分のセミナーを聴いただけで疲労困憊。すごい迫力だった。

 以下は味の素スタジアム内のプレスルームで行われた講演の内容の私的メモ。何分、ドイツ語は不自由なので、訂正などがありましたら、よろしくお願いします。

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 「講演時間は45分しかないので良いゴールを決めたいと思います」「私は今でも旅を続けています。これまで90ヵ国を訪問しましたが、日本は第二の故郷だと思っています。さきほどもビデオで古い友人の顔を見て懐かしかった。12月9日には長沼さんがドイツサッカー協会から感謝状を贈呈されることになっている。この45年間に日本人の真の友人を得ることができ、同じような喜びを分かち合え、心配事も一緒に抱えながらやってきた。この過去は素晴らしい」

 「しかし、過去は過去でしかない。大切なのは未来だ。アメリカでも同様なセミナーがあったのだが、みんな過去のことを語りたがる。それほど過去は美しいのだろうか?それよりも将来のことを語り合おうではないか。新しい日々を。そして新しいチャレンジを。」

 「ゲーテは『神と共に前へ進め』と語っているが、重要なのは現実を直視しながら進むこと。こうあってほしいというようなイメージや、こう願いたいという願望が強すぎれば現実を直視していないことになります。そうなってしまってはイメージや希望の犠牲者になってしまう。前へ進むといっても夢を見ているだけでは不十分です。実行に移さなければなりません。そのためには行動を起こすことが必要です」

 「日本のサッカーの現状を見れば、Jリーグを設立したことは素晴らしい。MFとしてコーチしたこともある川淵さんにはおめでとうといいたい。Jリーグの設立は正しいステップです。しかし、日本のサッカーを世界レベルに引き上げるためには、これからも問題が出てきたらすぐに改善していかなければなりません。Jリーグ、ジーコ監督、代表選手には『ワールドカップ出場おめでとう』と言いたいが、これで終わったわけではない。日本代表はドイツワールドカップで良い試合をして、しかも勝たなければならない。これはジーコ監督の課題です。しかしドイツワールドカップが終わった後をどうするのか?」

 「人生において成功に勝るものはない、といわれています。そしてしっかり努力すれば神は助けてくれるだろうが、夢を見ているだけでは不十分なのです。これはサッカー界だけではなく、経済界でもいえることでしょう。グローバル経済では成長率が重要になっていますが、サッカー界でも効率化、効果、進歩のリズムが重要です。過去を振り返っているような時間はまったくないのです」

 「近代オリンピックでは『より速く、より高く、より強く』ということが掲げられているますが、重要なのすべて『より』という比較級が使われていること。日本代表はアジアカップで勝ち続けなければなりません。将来は今日から考えていかなければならないのです。同じレベルに留まっていては、それは後退を意味します」

 「選手に対して甘やかしたり、頭をなでてやっても何の役にもたたない。コーチが役に立つのは選手を正しく批判し、改善をサポートし、しかもそれらをエネルギッシュに取り組むこと。そして新しいタレントを発掘し、育て、そしてもっと良くなれと要求すること。残念ながら、1960年に日本には来たときには、日本サッカー改善のために長期的に取り組むことはできませんでした」

 「1968年のオリンピックで長沼健監督率いる日本代表は銅メダルを獲得し、フェアプレー賞も受賞しました。長沼さんのチームは観客が感動するプレーを、フェアにやってみせたのです。サッカーは美しなくなければなりません。そして観客には良い試合を見せなければならない。しかし同時に、成功も納めなければならない」

 「日本では第二の釜本が見つかっていません。しかし、釜本のような才能を持つ選手は探せば必ず見つかります。タレントというものは場所や時間などは関係がないのです。今でも本州のどこかにいるだろうし、四国の漁村にもいるかもしれない。必要なのは、そうしたタレントを発掘し、育て、要求すること。日本は人口も多いし、しっかりとした組織が必要です。これは2006年後の課題でしょう」

 「サッカーの試合は新しい展開に入っているし、常に変化しています。2006年のチャンピオンチームが次も通用するかと言われれば必ずしもそうとは限らないでしょう。私は1950年代にトレーナーとして、1920~30年代にトレーナーとしての訓練を受け10~20年の経験を持つ偉大な監督たちに対して私なりのテストを課したことがありますが、成績は十分に良いとはとてもいえないものでした」

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 「選手たちを前進させていくためには国際経験も必要になってきます。また、12歳以下の子供たちの大会など小中学生を集めた大会を開き、そこにスカウトを送り込む必要もあります。しかも、システマチックに。タレントを発掘し、プロとして育てるために試合経験を積ませるためです。プロとして育てるためには試合を通してサッカーを学ばせる必要があります。子供をトレーニングしていくためには芝生が必要です。もしなければ人工芝でもいいでしょう。それから、移動可能なゴール。小さいゴールも含めていくつか必要です。ゴールポストがなければサッカーになりません。サッカーの目的はゴールすることなのですから」

(ここら辺から演題の前に出てきて、手を大きく広げ、パフォーマンス付きの講習会に変更wしかし、あまりにも熱く早口になりすぎ、通訳がパニクる。その混乱を見て…)

 「また、やってしまいましたw 熱くなりすぎるのは養成者としては欠点になります。特に子供を相手にするには我慢が大切です。もう一回、言います。子供を教えるには忍耐が必要。私もこの年になりましたが、この点を改善しようと思ってします」

 「さて、本題に戻りますと、次に必要なのはサッカーボール。でも、いろんなサイズのボールがあって結構です。例えばテニスボールのような小さなボールでも、それを使って遊ばせることによって"球扱い"に慣れさせるという意味では重要です。実際、ベッケンバウアーは子供の頃、サッカーボールもスパイクも持っていませんでした。彼はハダシでテニスボールを壁に蹴ってあのタッチを身につけていったのです。このほか、ハードル、棒、縄跳び用の縄、ロープでつり下げたヘディング練習用のボールなどがあればいいでしょう」

 「しかし、指導者に最も必要な道具はタレントを発掘する目です。中国では新人を発掘する際に、コーンを置いて三角ドリブルをさせ、最も短い時間でできた子を選ぶということをやっていて、私も実際にその現場を見たことがあります。しかし、こんな方法は実戦で役に立つでしょうか?試合で相手をするのは動かないコーンではなく、人間なのです。三角ドリブルなどはそれに慣れた人間は速くできるようになります。でも、そんなものは試合で役に立ちません」

 「アディダス社はボールをつま先でヒョイとあげそれを太ももで受け、さらに背中に回し…というリフティングを撮影し、その手順をウォームアップとして使うチームが増えたことがあります。しかし、そうしたリフティングができない選手もいました。ゲルト・ミューラーは太ももでトスを上げられなかったのです。しかし、彼は代表戦62試合で68得点を叩き出しました。シュートにもっていくボールコントロールは素晴らしくうまかった彼ですが、練習では太ももでボールをあげ、それを胸でトラップするなんていうこともできなかったのです。サッカーのトレーニング方法は本当に学術的に裏付けられたものなのでしょうか?今それを反省する必要があります」

 「トレーナーにとって最も重要なことは試合を観察することです。しかも、客観的に。主観、思いこみを排して。赤外線のような物を透視するような"眼"が必要です。例えばある試合でゴールが入らなかったといます。シュートを打ってもポストを超えるようなものばかりだったとしたら、その原因をつきとめなければなりません。試合が一番の"監督"なのです。トレーナーは試合を観察し、それを分析し、子供たちには問題点を改善する練習をさせなければなりません。トレーニングとは試合、試合の分析、その分析に基づいた練習というサイクルのことなのです」

 「選手には攻撃性が必要です。私の経験からして攻撃性のない選手は大成しません。それは相手に対する悪質なタックルという意味ではありません。それは自分に対する攻撃性なのです。1960年10月、はじめて日本代表のトレーニングに参加して、私はガッカリしました。ある選手がビッコを引きながら現れ『監督、私は練習に参加できません』と言ってきました。私はそれを無視して『さ、練習場に行って』と言いました。すると彼が『監督、ビッコをひいているのが見えないんですか?私は左足をケガしているんです』と訴えるものですから、『右足と上半身は問題ないように見えるが』と聞くと、『それは大丈夫です』と答えたものですから、『(重い)メディシンボールを使った練習をやろう』といって、みっちりシゴキました。すると翌日、彼は足を引きずらないで私の前に現れ『普通の練習をさせてください』と頼みにきました(笑)。必要なのは自分を甘やかさないという"自分に対する攻撃性"なのです」

 「試合において、DFが相手にボールをとられまいとしてGKにバックパスをして危機を招くという場面がよくでてきます。しかし、これも"自分に対する攻撃性"が不足しているのが原因なのです。相手にボールを獲られないよう、前にパスするような攻撃性を発揮するべきです。今日、私はベルディvsセレッソの試合を観戦しました。結果は87分にセレッソのFKからの点が決まっての0-1でした。しかし、87分間はベルディが押して、シュートを打ちっぱなしでした。しかし、そのシュートはみんなゴールポストの遙か上を通過する…。また、戻って攻撃を組み立て、シュートするけど…という繰り返しでした。つまり、ベルディの選手たちは87分間、まったく無益な労働をしていたのです。そんな利益にならないことをやって何になるんでしょうか。自分に対する攻撃性があれば、効率的な試合運びができるようになると思います」

 「選手は身体的には逞しくなければなりません。そして現代サッカーではテンポ、つまり速さが要求されます。わたしは80歳ですが、まだ技術はあるため、様々なトレーニングも時間をかければなんとかやっていけます。しかしテクニックがいかに優れていても、相手がプレッシャーをかけてくる場面でそれを発揮できなければ意味はありません。速さが重要なのです」

 「それと練習では選手たちにリラックスさせすぎてはいけません。リラックスは甘えに通じます。練習でPKをやらせれば、みんな入ります。スペースがあり、相手のプレッシャーがかかってこないような練習をやっても試合に活かすことはできません。これは1960年当時も現在も変わっていません。練習で出来て試合で出来ないのは、相手がいて、お客さんが見ているからです。それらがプレッシャーになるからです。本当に良い選手というのは、そうした場面で実力を発揮する選手です。短距離走のモーリス選手は普段の生活でも、例えば信号が青に変わる瞬間に歩き出す、みたいなことをやっていると聞きました。練習の場でもプレッシャーが必要なのです」

 「タレントとは1)自分に対する攻撃性、つまり自己批判できる能力を持ち2)それをコントロールできる決断力を持ち3)ここだという時に、実力を発揮できる選手です」

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 「1961年、私は京都に行き、16歳以下の選手を見ることになりました。その中にひときわ頑丈そうな体つきの選手がいました。私は直感しました。あの北海道のヒグマのようなヤツは絶対に大物になると。私は、その選手にいいました。『そこのヒグマ、荷物をまとめて東京に来い』と。その選手の名前は釜本でした」

 「私が子供の頃には遊びの選択肢がありませんでした。そうした中でサッカーをやっていたのですが、あるとき、ボルシア・ドルトムントが私を確保したい、といってくれたのです。しかし、当時の私は45分をかけて歩いて通学していました。往復1時間半もかけて学校に通いながらボルシアの練習に参加するのは無理です、と答えるとクラブは私に自転車を買ってくれました。それは私が手に入れた最初の自転車だったのです。16歳の時でした。ベッケンバウアーも自分のスパイクがなく、試合で履くスパイクは人に借り、終わったら返してしたのです。それに比べると今の子供たちは何でも手に入っています」

 「ドイツサッカー協会は全国に400のトレーニングセンターをつくり、子供たちを集めて練習させています。そこに通ってくる子供の両親は、もちろん子供たちがスーパースターになることを夢見ています。しかし、現実には、プロになれる選手は5%しかいません。どんなところでも、仮に選手が100人いたとしたら、半分はあまり良くない選手です。残りの50人の中でもまあまあ良いのは25人。しかし、プロになれるのは5人です。ですから、こうしたピラミッドの底辺を厚くするしか、良いタレントを発掘する方法はないのです」

 「こうした厳しいけれど、夢のある仕事にチャレンジしていこうではありませんか。川渕さんとも話し合っていますが、日本はこうした努力を持続して行っていかなければなりません」

 「1961年にヒグマと呼ばれた選手は、私に対して"Don't call me Hokkaido Bear, anymore"と言ってきました。彼は8年後、オリンピックで得点王になり、世界の釜本になりました。神戸で、その釜本と再会できるのを楽しみにしています」

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Comments

全身エネルギーのような方ですね。
たちふるまいもきびきびしているんだろうなぁ。
写真からエネルギッシュな講演のようすが伝わってきます。

>わたしは80歳ですが、まだ技術はあるため、様々なトレーニングも時間をかければなんとかやっていけます。

常に克己してきたからこそ、自信を持ってこう仰るのでしょうね。

Posted by: PINA | November 13, 2005 at 09:05 PM

もうね、この年になって、講演を聴いて「お前は何やってるんだ!」とどやしつけられたような感じを受けようとは思ってもみませんでした。

いやー、驚いた。日本サッカー協会は、ラッキーでしたよ。こんなスゴイ人とおつきあいできたんですから。つか、日本サッカー協会も偉かったんでしょうが。

Posted by: pata | November 14, 2005 at 05:36 AM

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