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November 09, 2005

『わが人生記』渡辺恒雄

『わが人生記―青春・政治・野球・大病』渡辺恒雄、中公新書ラクレ

 ナベツネがこれまで書きまくってきた評論プラス体験記に書き下ろしを加えて、簡単な回顧録とした本。

 戦時中、文化系でも学徒出陣を免れた「特別学生」という制度があったとは知らなかった。東大法学部で30人、文学部で5人という狭き門だったらしい(p.13)。ちなみにナベツネは出陣組でヒドイ目にあったらしく、靖国神社などにも「なんで東条なんかが祀られているところに参拝なんぞする必要がある」という姿勢でその点は好感がもてる。敗戦後、大学に戻ったナベツネは「天皇制打倒」と書いていた共産党のポスターを見て即、入党。しかし、新カント主義に流れ、主体性論争を引き起こして除名される。

 当時の日共の話は悲惨だが、『戦後共産党私記』安東仁兵衛などを引用し、後に宮顕によって抜擢される不破元議長に対する初代全学連委員長の武井昭夫(後に除名、映画評論家)のリンチ査問などを振り返るところなどは面白かったというか凄惨。ナベツネは創価学会と共産党の協定問題で宮本顕治にインタビューすることになり、その場で「オレをスパイとして除名したのは不当だから訂正しろ」と申し入れたのに対し、宮顕はその場で再調査を約束したが、査問した側のほとんどが宮顕によって除名されていたというのも生々しい。ナベツネは山村工作隊への突撃取材で殺されそうになるなど、けっこう日共とは新聞記者時代も深く関わっているんだな、と思う。

 しかし、鼻につくところがある。それは、やたら哲学的新聞記者、なんていうあたり。

 「はじめに」で「世界一の発行部数を持つ新聞社の主筆という立場に立つことになって、この新聞の社論を決定することが職務となった。そのためには、政治はもとより財政、金融、さらには治安、教育など国民生活にわたる全般の対応策について、理念的、実践的な回答、いわば処方箋を決定し、諸政策の基本となる普遍的なイデオロギーを構築しなければならない」「この作業に必須なことは、前記すべての事柄について、有識者や庶民の話を聞きかつ、広範な文献資料を不断に読んで、頭の中で整理しておく必要がある」なんて書いているのをみて読むのをやめようかとも思ったほど。なんつうか、夜郎自大。それほど偉いのか、と。しかも、読売新聞の入社試験の際にも「哲学者になるために記者を志した」と書き、面接で「ヘーゲルもマルクスも新聞記者から哲学者になっています」と"口からでまかせで答えた"と書いているあたりも、カッコつけすぎなんじゃない、みたいな。

 まあ、そういったところには目をつぶり、面白かったのは、小泉首相のやった刺客作戦のオリジナルは、バカヤロー解散の元となった広川派の欠席戦術に対する報復措置を真似したんじゃないか、というあたり。吉田ワンマンは親分の広川弘禅氏の選挙区に無名の新人を立候補させ、大金をつぎ込み、広川氏を落選させ、政治生命を奪ったという。今回の刺客選挙もここに由来するのではないか、という。

 また、今夏の小泉政権の総選挙を1918年の英国ロイド=ジョージの「クーポン選挙」に似ている、というあたりも読ませてくれた。小泉首相とロイド=ジョージの類似点は争点を一点に絞ったこと。もちろん小泉首相は郵政改革であり、ロイド=ジョージは「カイゼルを縛り首にしろ」という第一次世界大戦の敗戦国ドイツに対する強硬姿勢。ロイド=ジョージは、自分の支持派には公認証を出したが、反対派には与えなかったということで「クーポン選挙」と呼ばれ、圧勝したらしい。すっかりTV評論家になりつつある中西輝政教授の、今夏の刺客選挙は古代ローマの見せ物と同じで、大衆は「(負け犬を)殺せ!殺せ!」と叫んでいる、なんていう評論も引き合いに出しているが、ぼくは普通の人々といのは基本的にそう間違えないと思うので、ナベツネや中西教授の意見は人々を小馬鹿にしているとしか思えない。

 野球に関しては、実は、これを書きたかったから、こんな本を急遽、つくったんじゃないかと感じたほどで、言いたかったのは選手会ストの牽引車となっていた石渡進介弁護士がライブドアの代理人として近鉄に対して、買収を申し入れていたという一点じゃないかと思った。確かに、石渡弁護士の行動は怪行動かもしれないが、自分が酔いに任せて「たかが選手」と口にしたことをもっと反省したほうがいいんじゃないかと改めて思った。

 最後の前立腺ガンの闘病記は、前立腺に悩む方は読んでおいて損はないと思う。

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Comments

『渡辺恒雄回顧録』と読み比べてみたいです。
オーラル・ヒストリーの手法については、御厨氏が『オーラル・ヒストリー』を出していますが、昨年の『日本政治学会年報』でも特集しています。とりわけ「非決定の決定」を明らかにする上で、本人に語らせることの意義が指摘されていました。

Posted by: hisa | November 10, 2005 at 01:47 AM

さっそく『渡辺恒雄回顧録』を注文いたしました。ありがとうございます。

この人は「世界一の発行部数を持つ新聞社の主筆という立場に立つことになって、この新聞の社論を決定することが職務となった。そのためには。政治はもとより財政、金融、さらには治安、教育など国民生活にわたる全般の対応策について、理念的、実践的な回答、いわば処方箋を決定し、諸政策の基本となる普遍的なイデオロギーを構築しなければならない」「この作業に必須なことは、前記すへての事柄について、有識者や庶民の話を聞きかつ、広範な文献資料を不断に読んで、頭の中で整理しておく必要がある」と「はじめに」で書いていて、これを最初に読んだ時には、読むのをやめようかと思った程でしたが、哲学うんぬんというわりには、概念定義もロクにやってないような言葉を平気で使っている、という心持ちは信じられない気がします。

まあ、新聞記者というのはある程度偉くなると誰からも怒られなくなってしまって、トンチンカンなことを言ってもとがめられなくなると思うのですが、この「はじめに」はその典型。

でも、ま、人がなかなかできないような体験をしてきたことは事実なわけで、不肖・宮嶋シリーズを楽しむような感じで読めば、それは面白い本でしたw

Posted by: pata | November 10, 2005 at 09:50 AM

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