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November 14, 2005

Besten Dank! Herr CRAMER

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 12日のセミナーの続き。

 クラマーさんの講演の後、しばしの休憩。シンポジウムに移る。パネラーが報告した事について、クラマーさんが答える、という形式だったが、ここでも、クラマーさんの"暴走"は止まらず、基本的にはしゃべりたいことをしゃべり、前に出てパフォーマンスする、という感じ。ということで、以下はクラマーさんが振られた質問に対して語った内容。

[ストリートサッカー、芝生、人工芝]

 かつては、いたるところでストリートサッカーが存在しました。今でもニューヨークなどでは、ある一角を区切って4対4あるいは7対7の試合ができるような施設があります。そうしたところで腕試しができるというのはとても大切なこと。サッカーに触れることがまずはは重要だからです。私はサッカーというのは試合を通して学ぶものだと思っています。学校から帰ってやるストリートサッカー、あるいは日曜日にやるサッカー。4対4でも、11人対11人でも試合という形式が必要なのです。

 私たちがやっていたストリートサッカーでは、もちろん審判などいませんでした。しかし、審判はいなくてもキャプテン同士が基本的なことを話しあっておけば問題はありませんでしたし、仲間の代表であるキャプテンが互いに自主的に話し合って決めることに従うことを学ぶということで自主性も養われます。7歳から12歳ぐらいまでは、まずはサッカーをやってみる、ということが重要です。そしてさらに実力をあげようと思えば芝生のグランドが必要になってきます。芝生のグラウンドによってさらに技術を良くし、パフォーマンスをあげるためです。

 もし広いグランドといっても100×70mぐらいの大きさしかなければ人工芝のグラウンドでもいいでしょう。人工芝は設置する時には自然の芝よりも高いのですが維持費がかかりません。

 40年前、離日するときに「芝のグラウンドを確保することが重要だ」と提言したのは、東大の検見川グラウンドのひどい状態が念頭にありました。韓国とのワールドカップ予選にそなえて合宿が行われたのですが、粘土質のグラウンドは立って見ているだけでくるぶしまで泥が入ってくるような状態でした。アシスタントをつとめていてくれた岡野俊一郎さんたちには「正直、これでは試合の練習にはならないよ」と伝えました。60年から62年ぐらいまではそうした状況が続きましたが、63年になって少し改善されました。アメリカから人工芝が導入され、平らなグラウンドが手に入ったのです。それまでは泥まみれというだけでなく、デコボコなので、ボールがどっちに転がるかわからないような状態だったのです。

 しかし、人工芝にも問題があります。ベッケンバウアーはニューヨーク・コスモスに移籍したことがありましたが、そこの人工芝のグラウンドでケガをしてしまったのです。何が問題かといえば自然に滑らないのです。かつてNFLでは「グラウンドを自然の芝生にしてくれ」と選手たちがストライキを行ったことがあります。

 良い点をあげるとすれば、やや技術的な問題になるのですが、アウトサイドでもインサイドでもフラットなパスを出しやすい、ということでしょうか。

[賀川浩さんの解説]

 ここで、ジャーナリストの賀川浩さんが"解説"に入り「検見川グラウンドを見た時に、クラマーさんは『なぜ芝生が張られていないのか』『なぜシャワーがないのか』ということをすぐに言われた。私は『気候が違うから日本では芝が育ちにくい』と答えると『サッカーをやる子供たちのためにも芝生のグラウンドをつくってあげなさい。せっかくサッカーを楽しもうとしてグラウンドにやってきてケガをしたりしたらかわいそうだ』とも言っていました。また、当時、日本代表の練習相手としてはソ連の選手団がよく呼ばれたのですが、そうした選手たちからも『日本はすごいビルが立ち並んでいるのに、なんで芝生のグラウンドひとつないんだ』と呆れられました」。

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[ストリートサッカーの後、シュート練習]

 さきほどはストリートサッカーの効用についてお話しましたが、実は、ドイツでもストリートサッカーはもうほとんど行われていません。ドイツがワールドカップで優勝した1974年のジェネレーションはストリートサッカーで育った最後の世代でした。ベッケンバウアー、ヘーネス、マイヤー、グラボウスキーなどみんな素晴らしい技術を持っていました。一週間に二日、90分ずつサッカースクールなどでやるのと、毎日90分、ストリートサッカーをやるのでは、視神経から脳、脳から神経を伝わって手足を動かすという反応のオートマチズムが違ってきます。ドイツ代表でも74年以降は技術が下がっています。さきほどあげたベッケンバウアー、グラボウスキーなどはアーティストと呼べるような技術を持っていました。

 しかし、今の世代の技術が劣っているのにはトレーナーにも罪があります。学術的にやりすぎているからです。私は88年から90年にかけて毎年、検見川で行われていたコーチングスクールを平木隆三と回って指導しました。オーガナイズは完璧でした。受講生たちは30分前にはグラウンドに出て準備完了。しかも、その時点で各ゴールの横にはボール、受講生たちが着用する赤と黄のビブス、メディシンボールなども所定の位置におかれています。NHKの撮影スタッフも準備完了。そして15分ごとに違うトレーニングが行われます。

 しかし、そのトレーニングがなっていない。

 私がコーチたちをけっ飛ばしてやりたくなったのは、特にシュート練習の時でした。パス交換してシュート、というものでしたが80%がゴール枠をとらえていなかったのに、コーチは腕を組んでただ見ているだけ。時計だけを気にして15分たつとピッと笛を鳴らして次の練習に移る。

 サッカーはゴールを相手よりもひとつ上回ることによってはじめて勝てるスポーツなのです。それなのに80%もシュートがゴール枠に飛ばないのに、それを平然と見逃して次に進む。練習はゴールするためにあるのです。「こんな練習は無意味だ」と隣にいた平木も蹴飛ばしてやりたくなりました。「一番大切なシュート練習がなってないじゃないか!」と。

[クルマ、ルンメニゲ]

ある日、日本代表の練習場に行くと、MAEDAという若い選手がBMWに乗ってきました。私は彼に「なんだ、このクルマは!お前は国産車で満足できないのか!」と怒りました。

 実はルンメニゲもバイエルンミュンヘン時代、10代だったにもかかわらず、ベンツのスポーツタイプを購入したことがあります。私は彼にいいました「すぐにこれを売り飛ばして、フォルクスワーゲンに換えてこい!」と。

 選手は必ず間違いを犯します。そしたら何がいけないのかを指摘して、すかさず訂正するのがコーチの役割なのです。

 ルンメニゲにはこんな思い出もあります。それは彼の左足が何の役にもたっていなかったこと。私は彼に「お前の左足は、体を支える以外に役立っていないじゃないか」と言って、毎日、90分間ずつ、特訓させました。夏は午前、午後の練習が終わった夕方から。冬は午前、午後の練習が始まる前の早朝。それをずっと繰り返させました。彼は21歳で代表に入り、イタリア戦で素晴らしい左足のシュートを決めてみせました。MAEDAがどうなったかは存じておりません(笑)。

 何回も繰り返しますが、サッカーの試合の目的はシュートをゴールの中に入れることです。そのためにはGKが獲れないようなゴールの四隅を狙う。できればサイドネット。これしかありません。

 イタリア人にボールを同時に5つつかってリフティングする名人がいました。また、1936年にベルリン五輪で日本がスウェーデンを破った際に、キムという選手がいましたが、彼もリフティングの名手でした。私はボールを5つ使うリフティングに感心して、DBFに来てもらい、その妙技をみんなに見せました。しかし、その後で、4対4の試合をやろうとすると、彼はまったく何の役にも立たなかったのです。

 1万人のトレーナーを養成しても、この基本を忘れて、論理ばかり振りかざしているようでは意味がありません。サッカーの原点は試合で点を入れること。そのことを忘れたプレー、システム偏重の論理は無意味です。

 今日の試合(0-1でベルディがセレッソに敗北した試合をクラマーさんは味スタで観戦していた)、ベルディは何回、ゴールチャンスがあったか数えられないぐらいでした。しかし、それをことごとく外す。いったい何回、チャンスをつくればゴールを決められるのでしょう。ドイツではゴール前のどフリーで外すような選手のことを「盲目の犬」といいます。ドイツでは盲人は腕に腕章を巻いて、周りの人に「私は眼が見えません」ということを知らせているのですが、どフリーで外してばかりいる選手に対して「お前、ひょっとして腕に腕章が必要なんじゃないのか」と言ったことがあります。「どこを見てプレーしているんだ!ちゃんとボールを見て、ゴールを見て蹴れ!」と。

 私は最後には選手のテクニック、技術が物をいうと思っています。競争を勝ち抜くのは選手のテクニック、技術です。しかし、それは勝つためのテクニック、技術である必要があります。選手がダメなのはコーチがダメなんです。わかるまでつきあってあげなければなりません。

 ボールは誰でも蹴れます。しかし、ゴールするためにはテクニック、技術が必要です。そのゴールするためのテクニック、技術を習得させるのがトレーニングの役割なのです。

 いまのバイエルン・ミュンヘンに所属する選手たちの半分は、ベッケンバウアーが貰っていた給料の10倍も多く貰っています。中にはレギュラーでもないのに、そんなに貰っている選手もいるのです。しかし、テクニック、技術はベッケンバウアーの足下にも及びません。高額な給与を貰っている選手にはそれに見合う分だけ走ってもらうためにもトレーニングは必要です。ルンメニゲが欠点を矯正するために特訓したように。

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[DBF]

(ストリートサッカーがなくなった今、その代わりになるものとして何をドイツサッカー協会は考えているのか、という質問に対して)あなたはDBFと言いましたが、どんなイメージをDBFに対して持っているのですか?DBFはいまや机に座って仕事をするお役人だけしかしません。日本サッカー協会の方が遙かに優れています。長沼、岡野、川渕という会長はみんなサッカー選手でした。FIFAに所属する大きなサッカーの組織で、サッカー経験者が組織を動かしているのは日本サッカー協会を除けばベッケンバウアー、ヘーネスなどがいるバイエルン・ミュンヘンだけです。

[試合の大切さ]

 DBFでは一時、試合に時間をさくよりもトレーニングに重点を置こう、という間違った方向に進みました。幸い、この方針は訂正され、今は年齢別になるべく多くの試合をやらせています。8歳から10歳ぐらでは7対7で、しかも小さなフィールドでやらせます。これはボールを少しでも多くさわらせるため。目的はボールコンタクトを少しでも多くするためです。11対11では、どうしても、ヘタな選手にボールは回ってきません。

 この方法を進化させているのがオランダです。オランダでは4対4でやらせています。ドイツもそれを真似しようとしたのですが、残念なことにピッチの数が足りないのです。アウトバーンを走ってオランダに抜けると、左右がピッチだらけ、という場所があります。ドイツではそこまでピッチを確保できないのです。

[全力を尽くすこと]

 昔"Take a Break, Coka Cola"というCMが流行りましたが、杉山もかつては練習や試合中、休んでばかりいた選手でした。そんな時、私は彼に「お前はまたコカコーラになっているのか!」と怒鳴りつけました。絶対にコカコーラにならなかったのは宮本征勝。彼はボールを獲ったらゴール前まで走り、また相手に奪われたら自陣ゴールまで戻って献身的に守備をする選手でした。彼はプロフェッショナルなプレーヤーだったと思います。残念ながら死んでしまいましたが…。

 プレーヤーには闘争心はもちろん必要ですが、同時にフェアプレーの精神もたたき込まなければなりません。それは全力をつくしたら、それは勝利に等しいのだ、という考えです。試合に負けた選手たちに「もう一回やれば絶対に勝つ」なんてことを言わせてはなりません。それよりも「全力を出したのか」と問うべきです。

 日本代表はメキシコオリンピツクで地元メキシコを相手にした三位決定戦で2-0の勝利を収めました。スタジアムは10万人の観衆でうまり、試合後もなかなか外に出られませんでした。やっとのことで封鎖が解かれ、バスに乗った選手たちは最初、喜んでいましたが、次第に冷静になってからは疲労のためだんだん体が動かなくなってきました。バスから降りた選手たちは、毛布にくるまれ、選手村にもどった後は全員ベッドに倒れ込み、食べ物も受け付けませんでした。今日、初めて語るのですが、みそ汁しか飲めなかったのです。それまでも2~3人の選手が倒れたことはありましたが、11人全員が倒れたのはあの試合だけ。フルコマンドでそこまで戦ってくれた選手たちは私の誇りです。この時と同じように魂で戦った選手を持てた監督は1954年のワールドカップを無敵ハンガリー相手に勝ったドイツ代表のヘルベルガー監督だけではないでしょうか(語っている最中にクラマーさんは思わず目頭を押さえる)。

 終了。そしてスタンディングオベーション。

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