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October 24, 2005

『戒厳令下のチンチロリン』

『戒厳令下のチンチロリン』藤代三郎、角川文庫

 ディープインパクト三冠記念ということで、この本を紹介したい。

 目黒考二というか北上次郎がギャンブルものを書くときに使っているペンネームが藤代三郎で、藤代三郎ネームでの最高傑作はこの『戒厳令下のチンチロリン』だと思う。

 怪しい探検隊もそうだけど"本の雑誌グループ"というのは、なんかいろんな仲間が集まってワーワーいいながら遊ぶというのを、面白かなしずむで書くというのが特長だったんだな、と今になって思うのだが、この『戒厳令下のチンチロリン』も昭和40年代後半という1970年代前半というか、日本が70年安保という政治の季節を終え、なんか目標もなくなっちゃったな、みたいな気分の中で、新宿にあったギャンブル好きばかりが集まった雑誌社の社員が麻雀、競馬、チンチロリンで遊びまくったことを淡々と描いた作品だ。それにしても師匠格の名人、人気のない征郎さん、面倒見のいい石井君などが集まる職場は、ある意味、理想のオフィスだったのかもしれない。

 そして、この本は昭和40年代後半からから50年代前半にかけて競馬をやりまくった人ならわかるホワイテフォンテンの逃げ、抽選馬ファイブホープのオークス制覇などが語られるのだが、なんといっても素晴らしいのが、「内田君のピッカピカ靴物語」。

 仲間内でやっていたペーパー馬主ゲームでグリーングラスを選んだ内田君は、いつも無精髭にジャンパーに膝の突き出たズボン、穴のあいた靴を履いている酒と競馬に生きた青年だったという。グリーングラスはダービーまでというペーパー馬主ゲームでは内田君にまったく貢献しなかったが、その年の菊花賞、忘れもしないトウショウボーイが超本命視され、テンポイントがそれに続いたレースで、まさかの勝利。ペーパーなれど馬主なら、クラシックに出れば馬券は買うので、当時、月給が10万円のところ、内田君は26万円を手にしてジャンパーを新調したという。次のAJC杯、菊花賞がフロックと思われたグラスは意外な不人気で、ここでも内田君は12万円を儲けた。そして靴を買った。

 その内田君が死んだのは、次走の目黒記念でグラスが2着に沈んだ時。急性心不全、俗にいうポックリ病で競馬新聞をフトンの中で読みながら死んでいたという。実家は裕福で内田君のための家まで建てていたのに「大学を卒業してから七年間、一度も故郷に帰らず、七年ぶりに帰ってきたら骨だった、と母親が仲間に言ったという」(p.106)。

 以来、藤代三郎はグラスが引退するまで、クラシックに出るたびに単勝馬券を1万円買い続ける。そして、本のラスト、グラスは最後の最後に有馬記念に勝って、藤代三郎にも恩返しをする。しかし、彼は中央競馬ダイジェストを見なかったという。今になってもその時の有馬記念のレースを一度も確認していないという。「有馬記念の季節がやってくるたびに、グラスはどうやって勝ったのだろう、とおいらは想い出す。おそらく、これからもずっとそうやって考えていくに違いない」(p.217)。

 実は、この本、80年代後半、最初にネット上で書評をやり始めた頃に選んだ「オールタイムベスト10」に入れている。しばらく情報センター出版関係の本は読めない状態だったが、今は角川文庫から出ているので、ぜひ。

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