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October 16, 2005

清和会研究『岸信介 権勢の政治家』

『岸信介 権勢の政治家』原彬久、岩波新書

 えー、もうさんざん書いているので、新たな情報を箇条書きで。

1)大川周明は『日本精神研究史』で「かくて予は社会制度の根本的改造を必要とし、実にマルクスを仰いで吾師とした」と吐露している(p.31)

2)浜口内閣時代、商工省は恐慌脱出の活路を求めて、ドイツ流産業合理化運動を取り入れた。それは企業合同、カルテル化による無秩序な競争の排除を主目的としており、中心人物は岸信介と上司で後に次官となる吉野信次だった(p.40)。

3)こうした国家統制論は、ソ連の五カ年計画によって先取りされており、岸は「初めて知った時には、ある程度のショックを受けた」と『岸信介の回想』の中で語っている(p.47)。

4)岸信介は自由に腕をふるった満州国の国づくりに際して、自分が渡満する前に、直系の部下である椎名悦三郎を3年前に送り込んでいる。椎名は田中角栄後の総理総裁に三木武夫を選んだ椎名裁定で有名だが、岸信介がA級戦犯の容疑で拘置されている時、マッカーサーに対して無実であるとの上申書を送っている。『巨魁 岸信介研究』岩川隆で苦笑したエピソードがあったのだが、同じ巣鴨プリズン仲間であった笹川良一は自分が戦犯容疑に指定されると「こんな名誉なことはない、と自分たちの子分のバンザイの声に送られてトラックで巣鴨プリズンに乗り込んだ変わり種」だったが、獄中で知り合った岸信介が"一物が元気で困る"と豪快に笑ったのに感心し「監獄生活の夜な夜なに一物憤然として怒り立ち、焔のごとく燃え狂い石のごとく固ければまずその人は心身とも健全なる証拠、一物の怒りを制御しかねてぼくに告白した岸君はやっぱり世評にたがわぬ骨ぶしの男」と『巣鴨の表情』で書いている(p.78)。

4)満州当時、岸信介は当時の部下に毎月、現在のカネで20万円相当の小遣いを与えていたという。また、甘粕雅彦の特殊工作にために85億円のカネをつくってやったという。こうしたカネはアヘン・ルートを通じて得て、満州国の総務庁主計所長の小梅忠之が里見という男と取り仕切っていた、という(p.74)。

5)阪急の創始者、小林一三が商工大臣、岸信介が事務次官だった時、1941年1月に企画院事件が発生する。これは岸ら統制派の革新官僚の拠点であった企画院の幹部が、共産主義活動に関与していたとして治安維持法で逮捕されるという事件。自由主義経済論者の小林は国家統制を強めようとする岸を「アカの思想」の持ち主として、辞職を求めた。結局、岸は辞職するが、その三ヶ月後、軍の機密を小林が漏らしたということで、大臣を辞任させられ、岸は東条内閣で商工大臣として返り咲く。45歳で大臣となった岸は先輩の次官、局長のクビを切り、後輩の椎名を次官に据えるなど、岸体制をつくりあげる。

6)岸の行動の特徴は「目的を定めるや時を移さず同志、手勢を糾合することである」(p.102)。これは小泉首相の手法と遠く重なる気がする。

7)サイパン陥落のよって戦争継続は不可能と悟った岸は、辞表を提出することを拒み、東条内閣を総辞職に追い込む。これによって、太平洋戦争の開始時に東条内閣の閣僚でありながら、刑死を免れることにもなるのだが、野に下った岸は、地元で岸新党ともいうべき護国同志会をつくる。そして、この護国同志会には戦後社会党を率いる杉山元次郎、三宅正一、前川正一、鈴木清音なども含まれていた。岸は戦後、巣鴨からの出獄後に社会党に入党を打診している(p.152)。

8)巣鴨プリズンで岸は、様々な虐待を受ける。岸はマッカーサーだけは許さないと語っている。しかし、実際に政治を率いるや、アメリカの期待を背に反共のための保守合同を実現し、首相になるや、日米新時代のための安保改定をやり遂げる。この反米と親米のアンビバレンツさは、小泉首相というより、日本の人々がだれでも持っている心の揺れなんだと思う。

9)保守合同のさなか、岸が一年生議員だったにもかかわらず、岸派の母体ともなるべき40人と晩翠軒に集まる。この中には改進党に所属していた小泉純也も参加していた。

10)安保改定をアイゼンハワー大統領と話し合う直前、岸はアジア各国を歴訪する。ここでつくられた人脈によって、岸は巨大な権益も手中にするのだが(戦後補償がらみのビジネス)、それはさておき、こうしたアプローチはアジアの盟主としての日本という立場をアメリカに認めさせ、それによって、安保改定を有利に進めようとする狙いだった。

11)安保改定での苦心は、日本有事の際にアメリカが日本を防衛する代わりに、在日米軍基地を日本が守るという、奇妙な双務的内容によって、かろうじて対等さを保とうとしたことだという(第五条)。幹事長時代、重光外務大臣に随行してアメリカを訪れた岸は、重光外相がダレス国務長官に「日米対等の条約をつくろうなんて、日本にそんな力はないのではないか」と罵倒された会議に同席していた(p.191)。岸は自衛隊の充実を計ろうとするが、ここにも、アメリカに尻をたたかれてイヤイヤ自衛隊の行動範囲を拡大していった吉田-宏池会、旧田中派的なスタンスとは違う、積極的な岸-清和会のスタンスのハシリを感じる。

12)岸は織田信長が好きだと語っている(p.238)。おそらく、死語何年かたった後に公開するという条件で行われたであろう膨大なインタビュー『岸信介証言録』がまだ発刊する前の時点で、そのエッセンスをまとめたという感じのこの本を書いた原彬久は最後にこう書いている。

..........Quote..........

 いずれにせよ、岸はその目的において「理想」主義者である。そして、岸はその方法において「現実」主義者である。理想を追いかけるその道程で編み出される岸の戦略と戦術は恐ろしく多彩であり怜悧であり、時には悪徳の光を放つ。理想が執念を生み、現実が機略を掻き立てる。しかも岸においては執念が機略を刺激し、機略が執念を固める。その体内に理想とおどろおどろしい現実とを重層させ、執念と機略を共生させる岸であればこそ、彼への毀誉褒貶もまた闊歩する。
 91歳の誕生日を三ヶ月後に控えた、昭和62年(1987年)夏の昼下がり、岸は静かに息を引き取った。
(p.239)
..........End of Quote..........

 小泉首相には、岸信介ほどの機略も幅もブレも奥行きもないと思う。しかし、岸信介の感化を受けたためか「執念が機略を刺激し、機略が執念を固める」というダイナミックさだけは少なくとも受け継ぎ、自分がつくったものではないからなのか、自民党を壊してもかまわないという迫力で郵政民営化を問うた今夏の総選挙に打って出て歴史的な勝利を収めた。しかし、その総選挙に訴えるという処方も、岸が悔やみに悔やみまくったという安保改定の前に総選挙に打って出るべきだった、という反省を生かしたものだっとように思われる。

P.S.

イタンタビュー『岸信介証言録』によると、岸信介も中国には嫌われていたという。長崎の国旗事件(右翼が当時、国交のなかった中国の国旗を燃やした事件)を「国交のない国の国旗を燃やしたからといって罪にはならない」といって放免したことに中共は怒りまくったが、その系譜を継ぐ小泉内閣と中共との関係がうまくいかないのも、これは仕方ないのかな、とも思う。福田赳夫も新台湾派の頭目だった。これから、清和会系の首相が続くとなると、中国との関係は改善は見込めそうもないかな、と。よく考えれば、日中国交回復を行った田中角栄の娘、真紀子を外相から解任し、事実上、その政治的な生命も奪ったわけだし。

 そういえば、福田赳夫も首相時代、外務大臣に日ソ国交回復を行った鳩山一郎の息子、鳩山威一郎を外務大臣に据え、冷え切った日ソ関係の修復に努めるとともに、中共を牽制したが、こういう作風というのは、どこかでつながっているように思えてならない。

P.S.2

「外務次官は待ちぼうけ 日中総合政策対話」というあたりから、よく新聞を読めば、なんかありそう、ということを分かっていた人も少なくないと思うが、とにかくというか、やっぱりというか小泉首相は17日午前に東京・九段の靖国神社を参拝した。中国との関係は、自身が参拝を辞めようが、辞めまいが、関係ない、と割り切っているんだろう。もう、これは旧清和会のポリシーとしか思えない。ということで、中国も旧清和会系の首相がこの先も続くということを、そろそろ考えるか、まだまだ非難を続けるか、という選択に迫られているんだと思う。このチキンレース、とりあえず、現在も、そしてこれからも続きそうな旧清和会系の首相からは降りそうもないから。

P.S.3

「小泉内閣メールマガジン 第206号」で触れていたキノコはマジックマッシュルームらしい。新聞記事では毒キノコということで、学術名「ヒカゲシビレタケ」ということが発表されているが、これ、知ってる人は知ってる俗名マジックマッシュルーム。メルマでは「食べることができるのかどうか、早速調べてみたいと思います」と書いていたけどw

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