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September 18, 2005

『若き数学者のアメリカ』

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『若き数学者のアメリカ』藤原正彦、新潮文庫

 3連休なので、この間に読んだ本で、まだ感想を書いていなかったものを…。

 マイブームとなった藤原先生が日本エッセイスト・クラブ賞を受賞して、モノ書きとしても地位を確立した本。しかし、吉増剛造さんが解説を書いているとは…。知らぬは自分ばかりなり、という感じを改めてうける。

 藤原さんがミシガン大学に研究員として迎えいれられ、その後、コロラド大学で助教授として招聘されたのはニクソンが大統領だった時代。1972年。いまと違って、あまり情報のない時代だったということがよくわかる。例えば、getという動詞でいろんな意味を表すということに驚きを隠していない(pp.69-70)。

 そうした『バック・トゥ・ザ・フューチャー』的な面白さもあるが、20台の著者が、ひとりで雪に閉ざされたミシガンの冬の中で、半ば鬱状態になってしまい、研究が進まずモンモンとした状態になることや、ガールフレンドが欲しくなり、発作的にナンパを試みる場面などは痛々しくも切実に「欧米コンプレツクスから抜け出られていなかった」ある時代の姿を描いていると思う。

 パティだキャシーだデビーだの愛称を頻繁に会話に入れることは「英語という曖昧さのきわめて少ない論理的言語、そこにある一種の冷たさと言ったものを中和する働きをするのであろう」(p.162)とか、アメリカの大学生は「高校時代までに勉強らしい勉強をほとんどしていない」そのかわり「いかに他人と協調して仕事を進めるのか、いかに自分の意志を論理的に表明するのか、問題に直面した時どう考えて対処していくのか、議論において問題点をどう掘り出していくのか」ということを教え込まれるので、「知識においてはかなり見劣りするが、精神的には成熟している」という印象を与える(pp.251-253)あたりも、改めてそうなんだろうな、と思わせる。

 ストリーキングに思わず参加してしまうということも書いているが、当時、読んだ新聞の中で、前年があまりにも寒かったので、開放的な気分に浸りたいという気分があったのではないか、という解説を読んだ記憶があるのだが、なるほど、前年は藤原先生が鬱状態になるほどの寒さがミシガンで描かれていたな、と思い、自分の中で、ある部分がカチッとつながったような気もした。

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