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September 25, 2005

『イーリアス日記』

irias

『イーリアス日記』森山康介、春風社

 ホメロスの『イーリアス』を毎日、一月一日から大晦日まで1年かけて、原文で読んでいく。その日々を身辺雑記を含めて、書きつづっただけの本。

 すべてを読んだわけではないが(一気にすべてを読む必要のない本というのは存在すると思うから)、詩人である著者の毎日の静かさが伝わってくる。

 吉本さんは『中学生のための社会科』のなかで、「人間は個人としては自己慰安を求める動物だが、『社会集団』の塊としては『有用さ』を求めるのを第一義とする」(p.30)としているが、そういった自己慰安の中でも、様々な古典を原文で読んでいくというのは、ひっそりとして、心休まることだと思う。

ギリシア語で書かれたテキストを読み進む日々ということで思い出すのは、ガダマーの自伝。マールブルグで若き研究者たちはヒマをつぶすために集まってはギリシア古典を講読してたそうで、中心人物であったブルトマンは「グレーカ」の会を組織して、ホメロスや悲劇詩人たち、ヘロドトスやクレメンス、アリストファネスやルキアノスを読んだそうで、その会は「ギリシァの言語と文化に対する共通の愛によってブルトマンと結ばれていた」とのこと。

 退屈で死ぬかもしれないけど、いつか、こうした日々に移行したいという思いだけはある。

 最後に好きな一節を

 「人の世の移り変わりは、木の葉のそとれ変わりがない。風が木の葉を地上に散らかすと思えば、春が来て、蘇った盛りに新しい葉が芽生えてくる。そのように人間の時代も、あるものは生じ、あるものは移ろうてゆく」(第六歌146、松平千秋訳)

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