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September 03, 2005

『モーセと一神教』

freud_moses

『モーセと一神教』ジークムント・フロイト(著)、渡辺 哲夫 (訳)、ちくま学芸文庫

 フロイトの最晩年の著作『モーセと一神教』についてチラッと触れたら、もっと詳しくというメールをもらった。HDの中をGrepしてみると、かなり長くダイジェストしているのが見つかったので、ご参考までにあげさせてもらう。

引用した邦訳は三冊目。1998年刊で精神病理学専攻の医学博士、渡辺哲夫さんが翻訳と長い解題をやっている。それまでの邦訳はフロイト全集の中に収められていたもので、多少、買いにくかったが、値段も2400円とお手ごろとなったので購入した。今ではちくま学芸文庫に納められている。

精神分析学者からも、あまり本格的な論議の対象とはならず、距離を置いてみられつづけられてきたと本だが、ひとりの「エジプト人」であるモーセが(つまりユダヤ人ではない)ユダヤ民族をつくり、ユダヤ民族の"エス"がモーセの掟においてあるというテーゼは、すくなくとも読み物としても面白い。

 内容を自分なりにダイジェストしたものは以下。

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モーセという名前はエジプト語に由来する。意味は「子供」。例えば「ラー・モーセ」はラムゼスのこと。水からひきげられたという誕生神話もオリジナルのものではなく、アーガテのザルゴン(バビロニアの創設者、紀元前2800年)のものにさかのぼることができる。そうした周知の形式をとって、指導者たる人物に結びつけられたのがモーセの誕生神話。しかも、放棄することから救いの手を差しのべるという物語は高みからの転落で、イスラエルの子供たちのなかに身を落とす、という意味がうかがえる。

エジプトが世界帝国となった第18王朝のとき、およそ紀元前1375年のことろ、アメンホテープ4世のちにイクナートンと名前を変える王が即位した。この王はまったく新しい「光への信仰」ともでもいうべき厳格な一神教をエジプトに導入しようとした。これがアートン教。王国全体で古い宗教の寺院や神殿は閉鎖された。王の死後、不満を持った旧聖職者層が一般の人々を巻き込んで無政府状態を作り出し、18王朝は消滅、無政府状態は紀元前1350年にイレムハープ将軍が秩序を回復するまで続いた。

もしモーセがひとりのエジプト人であったならば、そして、もし彼がユダヤ人に彼自身の宗教を伝えたとするならば、それはアートン教だったろう。シェマー・イスラエルの祈りは「聞けイスラエルよ、われらの神アートン(アドナイ)は唯一の神である」と非常に似た響きを持つ。またヘロドトスによって割礼という慣習はエジプト土着のものだという報告が残されている。そして割礼という慣習は、それをモーセがユダヤの民に強いたならば、それは原父による去勢という普遍的なコンプレックスの感情を呼び起こしたろう。

世界帝国を崩壊させた夢想家イクナートンと違って、モーセは新たな王国を打ち建て、エジプトから排除された宗教をその新たな民族に信仰させるという計画をたてた。彼はファラオの側近、あるいは王家の一員であったかもしれない。モーセはユダヤ人と協定を結び、彼らの先頭に立ち、脱出を行った。モーセのエジプト王朝における権威と無政府状態が、この動きを誰にもとめさせなかった。脱出の時期は紀元前1358年のイクナートンの死から紀元前1350年にイレムハープ将軍が秩序を回復するまでの間だったに違いない。

ヤハウェ信仰は、間違いなく火の神であり、シナイ・ホレブはアラビア半島西端の火山帯にあったはずだ。なぜ普遍的な神アートンが山に棲むヤハウェにとってかわられたのか。

それはユダヤ人によってモーセが暴力的に殺害されたからに違いない。その記憶が預言者ホセアの言葉のなかに残されている。そして、この伝承こそが、後のあらゆるメシア待望論の基礎となった。

エジプトから戻ってきた部族は、昔から定住していた諸部族と一体化し、そこからイスラエル民族が現れたわけだが、一体化の表現はヤハウェ信仰の受容だったろう。そして、エジプトでの記憶を共有する人々は南に、昔からの定住者たちは北に住み、やがてイスラエル王国とユダヤ王国が分裂することになる。ふたつの王国は、ヤハウェとエロヒムというふたつの神の名前に淵源する。

しかし、モーセの律法と後のユダヤの宗教にある隙間はヤハウェ信者によってふさがれ、ゆっくりと塗りつぶされていった。

ユダヤ宗教の歴史の中で、モーセの宗教への背教行為のあと、一神教の理念に関して、なにひとつ感知できない長い一時代が存在している。これは外傷神経症における潜伏期と類似できる。

ユダヤ民族はモーセによってもたらされたアートン教を投げ捨て、近隣民族のバアル的宗教へ走った。しかし、モーセの宗教に関する一種の記憶は生き続け、やがてモーセの宗教に再び生命が与えられるという動きは『トーテムとタブー』理論における、兄弟たちによる父親殺し-->近親相姦忌避と族外婚の掟という最初の宗教の現象形態によって説明できる。そして、これがパウロによってさらに深化され、この罪の意識(父親殺しの記憶)が原罪と名づけられた。しかも、殺人行為は想起されず、贖罪のみが強調されることによって、これが救済の告知(福音)として歓迎されていく。

モーセという男の姿を神から区別することはユダヤ人にとって容易ではなかったろう。癇癪持ちで仮借ないというモーセの性格はその神の性格でもあったに違いない。ユダヤ人はこの偉大な男(父親)を打ち殺すに至るのだが、これは太古の時代に、神格化されていた王に掟として課せられていた王殺害という凶行の反復にすぎなかった。

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こんな感じ。父親殺しとトーテム、エディプスコンプレックスと去勢コンプレックスなどの用語に慣れていなくても、オープンハートで読めば理解しやすいと思いうけど、どんなもなんでしょ。

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