『会社の渡世』
『会社の渡世』山口瞳、河出書房新社
河出書房新社から刊行が続いている山口瞳さんの『男性自身』などの単行本にまとめられなかったエッセイを集めた本も、これで4冊目となった。
今回はオール読物で連載された「山口瞳氏の一日社員」がまとまって読めたのが嬉しかった。なぜ、これが単行本に収録されなかったのか理解に苦しむほどの出来。なによりも、高度経済成長期のザワザワした感じ、ワクワクした感じ、でも少しウラ寂しい感じが本当によく書けている。また、単なる時代の空気を写し取るだけでなく、資本のローリングの躍動感みたいなものも誰にでもわかりやすく説明されている。
例えば日本水産編。戦前、船舶は海軍予備兵力と見られた同社の場合、終戦で残ったのは老朽船ばかりの74隻で、トン数でいって戦前の14%だったという(なにせ、日水の船はすべて駆逐艦などに改造できるような形で建造されていたというから…)。しかも、海外漁場と在外資産を一気に失い、集中排除法の指定会社ともなった。
しかし、昭和27年、日水戸畑工場はフィッシュ・ソーセージの試作に成功。大量にソーセージをつくった後にあまる尾、骨、頭は肥料となり、養豚、養鶏場におろされ、やがて系列化される。「鶏のメスは卵をうむ。卵の黄身からマヨネーズを生産するということになる。白身はソーセージの原料にいれる。鶏のオスはブロイラーとなる。冷凍作業はお手のものである。ブロイラーは骨抜きである。その骨をどうするか。スープをつくるのである。スープがチキン・ラーメンの味つけ原料となる。かくしてインスタント・ラーメンの大量生産という現象に到達するのである」あたりの呼吸は名人芸(pp.108-109)。
「諏訪精工舎は疎開工場である」(p.134)、戦前は全国の醤油業者は1万軒以上あったというがそれは「ミソ・醤油は利が薄いのに輸送に金がかかる。醤油はほとんど2リットル単位であるし、瓶はこわれやすい」(p.153)、ヤマハは戦時中にプロペラを生産したが、それによって精密工場としての技術が進歩し「木材がピアノに、金属がヤマハ発動機のオートバイにわかれていった」(p.169)、資金に悩んでいた全日空では格納庫さえなく整備員はかじかんだ指で整備していた。「かならず航空機の時代が来るという信念がなかったら耐えられなかっただろう。上も下も困窮に耐えた。それがいまでも熱っぽい社風となって残っているように思われる」(p.213)あたりは、情報としても面白いし、よく特徴をとらえているな、と思う。
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