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August 24, 2005

『ハンニバル 地中海世界の覇権をかけて』

hannibal

『ハンニバル 地中海世界の覇権をかけて』長谷川博隆 講談社学術文庫

学部の学生さんなんかがレポートを書くときによくお世話になる清水書院の「人と歴史シリーズ」から講談社学術文庫に移された。長谷川さんの本では同じように『カエサル』も「人と歴史」--> 学術文庫となっている。

 ハンニバルは後書きにも書かれているように直接の第1資料はなく、すべて敵方ローマの歴史家のものだけしか残っていない。ということもあり、「人と歴史シリーズ」として出された1973年当時、ハンニバル単独の和書はこれ一冊しかない、という状況だったようだ。

 本を読みつつ改めてハンニバルに想いをはせてみると「彼は最初の地中海の世界人ではないかな」という感じがした。ザマの戦いでスキピオ・アフリカヌスに敗れ、いったんは祖国カルタゴの再建につくすが(カルタゴが敗軍の将であるハンニバルをそのまま使いつづけ、しかも、ハンニバルが行政府の長としても有能だった、というのは知らなかった)、やがてローマから「追放せよ」という命令が下り、セレウコス朝のアンティオコス3世を頼る、という流れの中で、他の地中海世界の国々に対して反ローマ同盟を呼びかけるという発想は、地中海が世界全体だと思われていた当時においては、まさに世界大戦を構想したのではないか、と。長谷川さんも書いているが、ハンニバルのこの構想がローマに地中海世界全体をとらえるという新しい世界観を与えたのではないか、と。

 こうした新しい世界観はなにもローマだけにもたらされたものではなく、中東にも影響をあたえたのではないかと思う。たとえば、ハンニバルが頼って、後にローマと戦って敗れるアンティオコス3世の子として生まれたアンティオコス4世はエジプトのプトレマイオス朝との戦いに勝利を収め、中東からエジプトまでを支配する寸前までいく。

 そして、このグローバリズムの流れはユダヤの地において、ナショナリズム的な反乱(マカバイ戦争)を招く結果となり、ハスモン朝が成立する。そしてナザレのイエスが誕生したのはハスモン朝がアンティゴノスによって終焉を迎えた直後のことだった。ローカル宗教だったユダヤ教が、世界宗教となっていくキリスト教を生み出すためには、ハンニバルに端を発する前3-2世紀のグローバリズムが必要だったのかな、なんてつまらぬことも考えてしまった。

 ちなみに、マカバイ戦争とハスモン朝成立までを描いた『マカバイ紀I』は旧約聖書の中でも非常に面白い文書のひとつだ。プロテスタントの人たちは15-16世紀のまったく進んでいない聖書研究の時代に行われた「これは旧約聖書から外そう」という政治的判断をそのまま無批判に受け入れ、これを旧約聖書とは認めていないが、そんなつまらぬセクト的判断はおいておいて、西洋哲学を学ぶ学生さんだったら『マカバイ紀I』ぐらいは読んでおくべきだと思う。

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