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August 12, 2005

『スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943』

Stalingrad

『スターリングラード 運命の攻囲戦 1942-1943』アントニー・ビーヴァー、朝日文庫

 『ベルリン陥落1945』が良かったアントニー・ビーヴァーの前作がこれ。『ベルリン陥落1945』を読んで、『スターリングラード』も読むっきゃないでしょ、と探しまくったのだがなく、まあ、文庫本を待てばいいかと作戦を変更したら、ほーら、もう文庫化。つか、最近、文庫化のペース早過ぎやしませんか?いろんな版元。

 それはさておき、両軍あわせて200万人が対峙し、最終的に包囲されたドイツ軍側だけでも25万人を超えるという史上最大の作戦がスターリングラード攻防戦だ(Сталинград, Stalingrad)。ちなみに、陸海空の自衛隊を併せても約20万人である。いかに、規模が大きな戦闘であったか、そしてここでの勝敗が第二次世界大戦の帰趨を決めたかということもわかる(スターリンがヤルタ会談においてヘゲモニーを握れた、ということもスターリングラードでの勝利が後ろ盾となった)。

 ヒトラーはなぜ、国の宝ともいうべき第六軍をスターリングラードに突っ込ませたか。ここの部分に関しては戦史的に詳しくは描いていないのだが、それはヒトラーがカフカスの石油を狙っていたからだ。しかし、カフカスまでは、いくらなんでも、補給線がもたない。そして、実はヒトラーは「カフカス地方奪取に失敗した時は戦争を終わらせなければならないと将軍たちに伝えていた」(p.178)という。しかし、敗北を受け入れることができなかった彼は、スターリンという名前を冠した都市を奪取することで、象徴的な勝利を狙うことに方針転換する(ちなみに、スターリングラードの前線にあって、脱走兵の射殺、反ソビエト行為の摘発、臆病者の追放という名の下に処刑を繰り返した政治委員フルシュチョフによってスターリンは批判され、都市名も1961年からはボルゴグラードに戻されている)。

 もう、ドイツ、ソ連双方の人命を軽視しまくった戦いぶりは、本書を読んでもらうしかないが、例えば、マイナス20度を上回ることがない厳冬下、ドイツ兵は1941-42年にろくな防寒具も与えられずに戦い、結局、モスクワ包囲が解かれることになったのだが、1942-43の冬期になっても、まだ防寒具は行き渡らなかったとか、有名なスターリンの「1歩たりと後退するな」「恐怖に駆られる者、臆病者はその場で射殺する」という命令とか(p.121)などは狂気の沙汰だ。

 スターリンの「1歩たりと後退するな」という命令によって、ソ連軍は脱走兵を射殺する第二戦列を組織し、退却しようとした部隊があれば機関銃を浴びかけたという。こんな無法なことが60年前に行われていたかと思うと、信じられない気がする。

 結局、ドイツ軍は1943年の1月、ジューコフ元帥が発案した第六軍をすっぽりと包囲するという巨大なウラノス作戦にひっかかり、補給も満足に受けることもできず、栄養失調でバタバタと死んでいく、という運命をたどる。そして、ヒトラーは各部隊から1人ずつを選んで脱出させ「ノアの箱船」のように、新しい第六軍の基礎としようとするが、大部分の兵士たちは「いつかヒトラーは助けに来てくれる」という空しい希望にすがったまま死んでいくことになる。カフカス奪取に失敗したことから、第六軍には石油がなくなった。このため戦車や装甲車両は動けず、飼い葉を送るぐらいなら兵士の食糧を送るという方針の下、馬などが殺されたため、野砲も動かすことができなくなり、なにも出来ずに死ぬことになる。
 
 ヒトラーは戦況が回復不可能になった時点で、神話となるような壊滅的な悲劇を求めるようになり、第六軍を率いるパウルス将軍を元帥に昇格させ「ドイツの歴史上、元帥が捕虜になったことはない」ということで自死を求める我が儘ぷりを発揮するのみだった。結局、鬱病にかかっていたパウルスはなすすべもなくソ連兵に捕まり、激怒したヒトラーはパウルスの奥さんを収容所送りとする。

 なにもかもが狂気のようなスターリングラードは、スターリンがソ連の優秀な赤軍将校を大粛清(1937-38年)したため、機能不全となった赤軍を戦わせたくなかったため、バルバロッサ作戦を最後の最後まで信じようとしなかったという致命的な誤りによってもたらされた。宮嶋茂樹さんではないが、本当に「アホな上官、敵より怖い」の典型だ。

 ちにみに、大粛清では「元帥5名中3名、軍管区司令官15名中13名、軍団長85名中62名、師団長195名中110名、旅団長406名中220名が粛清された。同期間中に赤軍全体で4万名以上が粛清され、旅団長以上の幹部と政治将校の実に45%が非業の死を遂げ、これら上部・中堅司令官を大量に失った赤軍は瓦解寸前の状態まで落ちた」という。

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