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July 07, 2005

『肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見』

『肉食の思想―ヨーロッパ精神の再発見』鯖田豊之、中公新書

 山内昶先生の『ヒトはなぜペットを食べないか』を読んだ流れ。この本の言いたいことは「ヨーロッパ人の肉食率が高いのは、考え方によっては、けっしてかれらがめぐまれていたためではない。風土条件が、かれらに穀物で満腹することを許さなかったからである。穀物であれ、畜産物であれ、主食・副食の別なしに口にすることが、かれらの生きる唯一の道だったのである」(p.36)ということ。ある意味、パンは贅沢品であった、と。9世紀の資料によると播種量の二倍以下という低い収穫しかなく、ひとりでに生える草類が家畜の絶好の飼料となることから、放っておいても育つ家畜を食べていた、と。日本などでは温潤すぎて草が家畜の歯の立たないほど徒長してしまう一方、土地が高い穀物生産能力を有していたため、米を主食とするようになった、と。一方、ヨーロッパでは、パンはあくまでつけ合せであって、決して主食にはならなかった、と。休耕地にカブやクローバーを播く三圃制農業が開発されても、それは冬の間の人口飼料確保としても有用であったため、肉食中心ということはかわらなかった、と。

 p.38以降の「翻訳に困る『農業』」あたりの議論で面白かったのは、日本のような農業はヨーロッパでは園芸としてとらえられる、と。つまり種を播いた後、下草を狩ったりいろいろ世話をするのは園芸であって、ヨーロッパ的農業というのは、種を播いたらそれっきり。勝手に育つのが農業である、という認識の差。

 第三章の「人間中心のキリスト教」はやや類型的にはなるものの、同じ牧畜民族であったヘブライ人たちの聖書を共有するキリスト教徒は、人間は神の似姿であり、動物は人間が食べられるように神が創ったのだから、自由に殺して喰ってもかまわない、という思想が出てくるのであり、狂ったようなサカリの時の動物のセックスをいつも目の当たりにしていただけに、結婚に関しては教会の厳しいコントロール下において離婚禁止などによって動物との乖離を意識的に設定したのではないか、という議論。

 では一方、東洋の思想に大きな影響を与えた輪廻転生思想のお膝元、インドはどうかというと、牧畜適地ではなく、むしろ穀物栽培適地であるにもかかわらず、灌漑施設が十分でないので、穀物に頼り切っている食生活のスタイルの割には、生産高が足りず、民衆の食生活がミジメなままになっているのではないか、とする。しかも、島国日本のように魚介類の入手が困難な地域が多いため、畜産物に頼らざるを得ない。しかも、草は温潤な気候のため徒長してしまうことから、「家畜を飼うには、結局、人間が栽培した作物を与えるよりほかになかった。こういうところでは、人間と動物りの一体感を強調する輪廻思想も生まれやすい」とまとめる。個人的に面白かったのは、つい最近読んでハマッた『世にも美しい数学入門』藤原正彦で紹介されていたインド人の超天才数学者ラマヌジャンは最高位のカーストだったため菜食主義を貫かねばならず、イギリスでものすごく苦労して、結局ビタミン欠乏症のような形で早死にしてしまった、というのに関連して、比較的上位のカーストは羊を食べられ、アウトカーストはどんな肉でも食べられるという話、なんかせつなかった。

 あと、日本の先祖崇拝の根底にあるのは、地力を落とさないためには毎年連作する必要があった水田に食物生産の根拠があったために「むかしから耕作を欠かさずにきた『ご先祖さま』の努力」に対する評価が高いことにあるのではないか、という議論も面白かった(p.127 まあ、網野さんあたりなら「中世以来、日本の民衆は水田耕作だけで生きてきたわけではない」と反論するだろうが…)。一方、ヨーロッパでは11~12世紀に三圃制農業が普及するにつれ、村域内の土地を三つの耕圃にわけて、共同で休耕地で家畜を飼ったり、耕作地に種を蒔いたりしていた。こうしたことから、毎年、穀物生産が続けられるのは過去のご先祖さまおかげというよりは、たえず接触している村の仲間であり、こうしたことから過去よりも現在を重んじるさらなる「人間主義」が生まれる、と。

 とにかく「食生活のパターンと思想のつながり」(p.152)をオリジナルな視点からまとめたこの本は、1966年初版から、まだその輝きを失っていない。

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