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June 17, 2005

『アースダイバー』

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『アースダイバー』中沢新一、講談社

 都市を考察する哲学者というのはいつも魅力的だが、中沢新一さんの場合は少し工夫をこらして、洪積大地にフィヨルドのように進入していた縄文期の海の境にある縄文遺跡、そして少し時代が下って残された弥生遺跡、古墳期の墓を重層的に辿っていく。

 「サッ」という発音は岬(み・さき)など突端というか、境界であることを表わすが、そうした場所の記憶をたどれば「縄文期以来の死霊の王国のあった場所に」「たくさんの人の命を飲み込んだ戦争の現場から持ち帰られた戦車をつぶした鉄材」でつくられた東京タワーは、保田与重郎が日本の橋の特徴として備えていた"異界との境にかけられた端(はし)=エッジとしての特徴を備え、福永武彦や堀田善衛らが参加した映画『モスラ』で生物の死と再生が行われる場所としてこれ以上ふさわしい場所はないというような想像を呼び起こすパワーを持っている。

 そして皇居。皇居がある江戸城跡も「太田道灌が江戸城を建築した当時、その城は、関東に広がる巨大な洪積大地が海に向かって突き出した『ミサキ』の場所に建てられいた」(p.234)という。いま電通などのビルが立ち並んで、海風をさえぎるためヒートアイランド現象をさらに加速させるのではないかといわれている汐留操車場跡地のビル群だが、かつてこの場所が中沢さんと叔父である網野善彦さんとの間で話題になったという。網野さんは「ぼくはあそこは天皇陵直轄地にすればいいと思う。そして開発の及んでこられないアジールにするんだ。アジールはとうぜん森にかえる。そしてこの森は、現代の文明から脅かされているあらゆる生き物を守る場所の象徴となる。そうなったらはじめて、天皇制は世界にとってもたいした意義を持つものになるだろう。天皇というものはもともと、アジールを支配して守る存在だったんだから」(pp.236-237)と語ったという。

 そして、中沢さんは「女性天皇の誕生をもって、明治期にはじまる近代天皇制は、終わりをむかえる」「ぼくは夢想する。双系原理によって立ち、都心部にあっても、自分のまわりをとりかこむ騒音にすこしもそまらない森の奥で。おだやかな森番のようにして生きる天皇が、ある日つぎのように世界に向かって発信するのである。『わたしたちの日本文明は、キノコのように粘菌のように、グローバル文明の造りだすものを分解し、自然に戻していくことをめざしている、多少風変わりな文明です。そしてわたしはそういう国民の意思の象徴なのです』。
 そのときはじめて天皇制は、この列島の大地に根を下ろすことができるのではないだろうか。天皇を頭にいただく朝鮮半島からの移住者を、この列島の先住民である縄文人たちは、なにはともあれ受け入れたのである。そのときから異質な文化同士が混じり合って、おたがいの長所を引き出しながら、この文明を造ってきた。しかし天皇制の中には、堅い北方的な殻が生き続け、この列島の多様な伝統との真の融合をはばんできた。その歴史が変わるのだ」(p.238-39)と結ぶ。

 美しいイメージだと思う。

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