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June 09, 2005

『パウロとペテロ』

paul_and_peter

『パウロとペテロ』小河陽、講談社選書メチエ

 いったんは「投げ出した」と書いたが、その後、「ペテロに関する部分だけでも読み通すか」と思い直して読んでみた。本当にパウロが書いた真正書簡と考えられるものだけでローマ、第1・第2コリント、ガラテヤ、ピリピ、第1テサロニケ、ピレモンの7書簡を数え、パウロの名を語って書かれた書簡もふくめれば13書と新約聖書全体の1/3を占めるパウロに比べて、明らかにペトロの名を用いて書かれた書が2つしかなく、他の資料といえば福音書と使徒行伝に頼るしかないペトロに関する研究は本当に少ないからだ。実際、日本語で書かれたというか翻訳された学術書レベルの本としてはクルマンの『ペテロ』、尊敬するR.E.ブラウン編の『新約聖書におけるペテロ』ぐらいしかない。

 ということで期待したわけだが、新しい知見を得られるというところまではいかなかった。あとは「ケファル・ナウム(ナウムの村)」という言葉から派生したカファルナウムにおいて1970年代に発掘された住居でペトロの家と云われている建物を、割と大きく取り扱っているのには驚いた(ケファル・ナウムはユダヤ教文献でミニム「ミニム=異端すなわちユダヤ教からみたキリスト教と結びつけられて記憶されている)。もひとつぐらいあげれば、ペトロへの復活のイエスの顕現物語がなぜか失われているという指摘ぐらいかな、印象に残ったのは(p.73)。

 ちなみに、読むのをやめたのは、原始教会のありさまを描いた使徒行伝においてペトロが叱責して死に追いやったアナニアとサッピラの物語に関して「ペテロのこの糾弾の正当性は、夫婦を次々に襲った神の裁きにやって証明される」(p.87)と書いているところ。これはひどいんじゃない…。

 使徒行伝は持ち物を共有するという初期共同体の理想的な生活が信者たちの自発的な寄進によって支えられていたとしているが、このシステムの根幹を揺るがすような事件が、土地を売った代金をごまかして使徒たちの足元に置いたアナニアとサフィラ。アナニアとサフィラはペトロによって激しく叱責された後、絶命するが、これは、初期共同体の中で、ペトロが生殺与奪件までも掌握するようになったとも読める。そして、興味深いことに、これを聞いた人は非常に恐れたという描写の中で、共同体を示す名詞に「教会」という言葉が初めて使われることになる(使 5:11)。つまり、ペトロの権力が頂点に達した時に「教会全体ならびにこれを伝え聞いた人たちは、みな非常なおそれを感じた」とεκκλησιαが「教会」という意味で、ルカ文書では福音書も通じて初めて使われるわけだ。つまり教会という組織はφοβοs(恐れ)と共に生まれた、と。このことは、人間集団の洞察として非常に深いリアリティを感じさせる。

まあ、それはいいとして、この後、5:12-16は初期共同体に関する3回目の記事となるが、使徒たち、特にペトロは「神人」のように描かれている。また、「ほかの者(平信徒)はだれ一人、あえて仲間(使徒グループ)に加わろうとはしなかった。しかし、エルサレムにいたユダヤ人(民衆)は彼ら(十二人)を称賛していた」という5:13では、早くも理想的な生活を送っていた初期共同体の中に亀裂が入ってきたことをうかがわせるのだと思うし、そうでなければ、ペトロが原始教会において第一使徒として地位を失い、イエスの兄弟であるヤコブに権力が移行していく課程がうまく説明できないと思うのだが…。

 昔、院時代に書かされたレポートから簡単に整理すると、2:42-4では理想的に描かれた共同体も、4:32-35では現実にアジャストされ、さらには、5:12-16において内部のグループに深い亀裂が生まれたことを伺わせ、6:1-6の記述では使徒グループ、ヘブライオス、ヘレニストという3つのグループに分裂する、ということが浮かび上がってくると思う。ユダヤ人司祭グループがエルサレム教会に参入した直後(使6:7「祭司も大勢この信仰に入った」)、ギリシア語を話す急進的なヘレニストグループに対してステファノ殉教とともに迫害が起こり、ヘレニストたちはユダヤとサマリア地方に散るが、なぜか、使徒たちはエルサレムに留まる。このことは、大祭司とサドカイ派の人々などからは、ヘレニストグループと使徒グループたちは別々の集団であったと認識されていた可能性すらうかがえる。

しかも、この段階にきて、使徒グループの中で序列第一位だったペトロは、これ以降、圧倒的な権力を振るうという場面はなくなり、逆に使徒たちから、サマリアに行くことを命じられる立場となる(8章)。そしてペトロはヤッファ、リダなどユダヤ教からみれば辺境の地で宣教する姿が描かれ(9章)、コルネリオの改宗など異邦人宣教において決定的な役割を演じたと描かれてはいるものの(10章)、エルサレムに上って来たとき、割礼を受けている者たちから非難を受けるまでになり(11章)、最終的に初期共同体は主の兄弟ヤコブの指導体制が確立されたことを暗示される―という流れになると思うのだが。

 というか小河さんは、受難物語における三度の否認に関して「『二番鶏の鳴き声で、初めて日の出がみられる』というギリシア・ローマの表象がマルコに知られていたとするならば、暗黒の闇に包まれながら、そこに射し込む一条の光を見たペトロの姿がくっきりと浮かび上がってくる」というあたりの、ちょっと酔っぱらったような書き方をする時が文章としてはいいのかな、みたいな印象だった(p.72)。

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