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June 12, 2005

『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』

kokka_no_wana

『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』佐藤 優、新潮社

 あまりベストセラーになるような本は読まないのだが、この『国家の罠』については、現役の官僚の人たちから、すぐに読め、絶対に読めと言われたので、そこまで言われるなら、と手にした。なるほど、非常に面白い。

 どこが印象に残ったのかというと、本の中で何回も主張して、一審の被告人最終陳述でも述べているように、鈴木宗男元大臣と共に国策捜査でひっかけられた背景には「小泉政権成立後、日本は本格的な構造転換を遂げようとしてい」たことがあり、具体的には「内政的にはケインズ型公平分配政策からハイエク型傾斜分配、新自由主義への転換です。外交的には、ナショナリズムの強化です、鈴木宗男氏は、内政では、地方の声を自らの政治力をもって中央に反映させ、再分配を担保する公平分配論者で、外交的には、アメリア、ロシア、中国との関係をバランスよく発展させるためには、日本が拝外主義的なナショナリズムに走ることは却って国益を毀損すると考える国際協調主義的な日本の愛国者でした」ということから"時代のけじめ"をつける意味で小泉政権によって葬り去られた、ということだろう。

 外務省に関しては、人事交流で海外の大使館の書記官として"2年間遊んできた"という国交省の役人から聞くような話しか生のデータはないのだが、それでも佐藤さんの書いているように、小泉政権発足後、外務省にあった「親米主義、チャイナスクール(親中国派)、地政学派(親ロシア派)」のうち、親米主義しか残らなくなったというのは、今の中国との関係悪化を見ても改めて納得させられる。

 ただし、佐藤さんは書いていないし、ぼくが乏しい知識で見立てをしているだけかもしれないが「地政学派(親ロシア派)」の後退には、その応援部隊であった旧田中派の没落があると思う。田中角栄元首相がロッキード事件で逮捕され、保釈後に最初に語ったのは「アメリカのほうにやられた」(『熱情 田中角栄をとりこにした芸者』辻和子、p.227)という言葉だった。具体的には当時のソ連と石油パイプライン建設など独自のエネルギー政策を進めようとした田中元首相をアメリカが嫌った、ということなのだと思う。

 しかし、この独自のエネルギー政策というか地政学的には最も遠い者同士であるロシアと日本が結びつければ、対米英、対中国との関係では必然的に有利に働くという構想は旧田中派に覆水流のように受け継がれる。2000年までにロシアとの間で平和友好条約を結ぶという目標は自民党が政権復帰した90年代半ばに再確認され、97年の橋本首相とエリツィン大統領の川奈会談、98年の小渕首相とエリツィン大統領のモスクワ宣言と続いたことを忘れてはならない。バブル崩壊のあおりを喰った橋本首相の退陣が早く、小渕首相も急死したため、後を継いだ旧福田派の森喜朗首相もプーチンロシア次期大統領(当時)と2000年にサンクトペテルブルクで共同声明を出したが、やはり腰は入っていなかった。

 これも"見立て"で言うわけだが、岸信介の直系である旧福田派は今の小泉政権を見ても対外的には明らかに親米路線だと思う。しかし、小渕首相の後をピンチヒッター的に継いだ森首相は「2000年までに日ロ平和条約を締結するよう全力を尽くす」という政策を当面は継続せざるを得ず、そのためには北方領土問題を抱える地元を押さえることのできる自派の鈴木宗男代議士を裏交渉の窓口として働かせた、というのが背景にあるのだと思う。そして、外務省において鈴木氏に協力したのが、ノンキャリアながらやり手であった(と明らかに自分で書いている)著者だ。

 結局、日ロ友好条約は締結されず、田中真紀子外相を葬り去りたかった外務省が"毒をもって毒を制する作戦"に出て真紀子外相更迭に成功し、その後「狡兎死して、走狗煮らる」ということになったのが鈴木元代議士だったわけだ。

 この本で著者が何回も検察の取調官と話しているように、国が本気になって国策捜査をやったらとしたら、必ず逮捕、起訴されるだろうというリアリティはすごくわかった。そして、調書をつくる際にも、あらかじめ検察側が描いた全体図があり、その中に落とし込まれるという手法もよくわかった。後は、個人的に仕事の関係で「なんでシベリアランドブリッジ(SLB)の事務局は旧日商岩井にあったんだろう」と疑問だったのが、旧日商岩井はロシアに深く入り込んでおり、経団連の国別委員会でも旧ソ連は旧日商岩井が担当していたということがわかって長年の疑問がとけて嬉しかった(p.195)。

 非常に面白い本だということは認めるが、実はそんなに深くは感情移入できなかった。ひとつには、著書が同志社大学の神学部で学部、院とともに組織神学を学んだプロテスタントであるということもあるかもしれない。個人的に聖書学をやる人は好感をもてるが、いまさら牧師になるのでもないのに神学を院まで行って学ぶ人の気がしれない(もちろん、神学の初歩ぐらいは、西洋哲学をやろうという人は少しぐらい囓ってもらわないと困るが)。拘留されて「聖書を入れてください。プロの牧師が使う聖書で、日本聖書教会が発行している共同訳聖書の旧約続編・引証付き聖書をお願いします」(p.216)と書いて、しかも、いま読んだ4刷でも訂正されていないのにはあきれる。「あとがき」ではちゃんと差し入れしてもらったのは「『聖書』(新共同訳、日本聖書教会)」(p.3940)のように"新"共同訳と書いているのに…。最初、いくらなんでも、「古い共同訳じゃないだろ」とは思ったが、単に著者がどっちでもいいと思っているように感じて不快。組織神学のイロハを旧ソ連指導者に語って感心されたとか、同志社の神学部出身であることを何回も強調するとか、「プロの牧師が使う聖書」なんていうこともいちいち気にさわってしょうがなかった。なんか、自分を何者かにみせようとしているだけじゃん、みたいな。

 それと、歴史的なモノの見方とか、人物の見立てがどうのこうの書いている割には、ロシア外交で旧田中派以外の人物からかわいがられて、その人と心中までしちゃうというのは、どう見ても大局観がない人なんじゃないかと感じてしまう。ちょっと著者にはキツイ見方かもしれないけど、一読、そう思ったのだから仕方ない。

 しかし、「ナショナリズムとは何か」「いまの日本でなぜナショナリズムの風潮が高まってきているのか」という問題を考える際のひとつの側面を提供してくれた本だと思う。

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Comments

あまり急いで読む必要はないので図書館に予約を入れて“待ち”です。
岡林信康といい同志社の神学部出身は別コースに歩み人が結構多いみたいですね。
政治を政局で論じられと、アタマの中がぐちゃぐちゃになります。
サッカーの宮本は同じ同志社でもわかりやすい。
>親米主義、チャイナスクール(親中国派)、地政学派(親ロシア派)
この三コース以外にどんなコースがあるのかと考えますね、対EU、東アジア、まだまだいろんな選択肢があるかもしれない。

Posted by: 葉っぱ64 | June 13, 2005 at 11:48 AM

葉っぱさん、お久しぶりです。

岡林のことは書こうと思ったんですけど、忘れてしまいました。ほんと、ヘンですよね。神学部は学費免除になる率が高いんじゃなかっでしたっけね…。

Posted by: pata | June 13, 2005 at 03:51 PM

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